第9話 教会


 ミリネが治った後、それほど時間をおかずに治癒魔術師シャーリーが再び『剣と盾亭』を訪れた。

 彼女は寝ているミリネに光る杖をかざし一通り調べた後、これ以上ないほど驚いた表情を見せた。


「本当に治ってるわ……。どなたか、ミリネに蘇生薬エリクサーを飲ませましたか?」


 ゴリアテさんと俺は、首を横に振った。


「……そ、そうですか。このことを帝都の教会本部に報告してもよろしいでしょうか?」


 初老の女性が尋ねると、ゴリアテさんがすかさず答えた。


「シャーリー様、申しわけありませんが、それはご遠慮願います」


 初めて聞いたゴリアテさんの丁寧な口調からは、はっきりした拒絶が聞きとれた。


「そ、そうですか。では、どうしましょう。そうですね、このことは、くれぐれも人に話さないように。ミリネさんが良くなるまで、巫女メアルを置いていきますから、何かあればすぐご連絡下さい」


 シャーリーさんは、連れてきた若い女性を残し帰っていった。


 ◇


 夕方になって、ミリネがやっと目を覚ました。


「あれ? ここどこ?」


「ミリネ! 痛い所はないか?」


「あっ、お父さん! う、うん、どこも痛くはないよ。どうしてそんなこと……あれ? ここ、食堂?」


「そうだが……お前、事故のこと覚えてないのか?」


「……あっ、男の子!」


「お前のお陰であの子は無事だったぞ」


「本当? よかった!」


「それより、どこも痛くないか?」


「お父さん、痛くないって言ってるじゃない。どうして、そんなこと聞くの?」


「お前、客車の下敷きになって、大けがしてたんだぞ。一時は死にかけてたんだ」


「えっ? そういえば、冷たくて暗い場所にいたような気がする。あっ、そうか! シャーリー様が治してくれたんだね?」


 ミリネの視線が、白いローブを着た女の人に向けられる。


「いや、シャーリー様は、お前を治せなかった」


「なら、なんで治ってるの?」


「それがよく分からんのだ。その時、グレンがお前の手を握ってたんだが、まさかコイツが治せるとも思えんしな」


「アハハ、グレン君には無理だね。魔術だってろくに使えないし」


 二人とも、本人の前で言いたい放題だよ。

 まあ、実際、俺が治したんじゃないんだけど。

 とにかく、ミリネが死ななくてホント良かったよ。


 ◇ - 見習い巫女メアル ― 

 

 私は薄暗い食堂に立ち、テーブルの上で寝ている少女を見下ろしていた。

 ひどい事故で死にかけたと巫女仲間から聞いていたので、元気そのものの少女の姿には衝撃を受けた。

 やっぱり、シャーリー様が治したんじゃないのだろうか?


 ところが、シャーリー様が少女の父親らしい大男と話しているのを聞くと、どうもそうではないらしい。

 一体、どういうことなのかしら?

 とにかく巫女仲間へのいい土産話にはなりそうね。

 世間知らずの私は、ちょっとした自分の言動が取りかえしがつかない事を引きおこすなど、露ほども思っていなかった。


 

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