第8話 死の匂い


 食堂のテーブルを二つ合わせた臨時の寝台にマットが敷かれ、その上にミリネが寝かされた。

 その頃には、彼女の顔色が紙のように白っぽく変わっていた。

 死相というものがあるなら、まさしくこれがそうだろう。


「ミリネ! ミリネ! しっかりしろっ!」


 ゴリアテさんが呼びかけるが、ミリネは目を開かない。

 

「ゴリアテさん、シャーリーさんを連れてきましたよ!」


 頬に×印の傷痕がある男性が、白いローブを着た初老の女性を連れ、食堂に入ってくる。


「みんな脇に下がってなさい」


 ローブの女性は威厳ある声でそう言うと、手にした白い杖を掲げ呪文を唱えた。杖の先端に白い光が灯る。

 女性は、その杖先の光をミリアの体をなぞるように動かしていく。

 五分ほどそれを続けた後、彼女は杖を降ろした。

 厳しい顔を左右に振ると、彼女は黙ったまま部屋から出ていった、

 ゴリアテさんは、絶望の表情を浮かべ立ちつくしている。

 他の人々は、いつの間にか食堂からいなくなっていた。


「こ、こふっ……グ、グレンさん……」


 ミリネは薄く目をあけ、小さな声でそう言った。


「ミリネ、しっかりして!」


「魔、術、がんば、って」  


「ミリネーッ!」


 ゴリアテさんが叫ぶ。


「父、さん、ごめ、ん」


「ば、ばかっ! お前が助けた男の子は無事だったぞ! よくやった! お前はあの子の命を救ったんだ!」


「ごは、ん、きちん、と、たべ……」


 ミリネの命が彼女の身体から抜けていくのが、目に見えるようだった。

  

「ミリネーッ!」


 ゴリアテさんの悲痛な声が食堂に響く。

 俺はテーブルの外へ力なく垂れた、ミリネの手を握った。


「ミリネ、君がいなくなったら、俺、誰に魔術を教わればいいの……」


 ミリネの手が次第に冷たくなっていく。

 死に匂いがあるとするなら、それが辺りに濃く漂っていた、


「くそっ! 神がいるなら、今ここで降臨しろってんだよ!」


 俺がそう言ったとたん、ミリネの体が白い光に包まれた。


「な、なんだっ!?」


 周囲がまばゆい光に包まれる中、ゴリアテさんの驚く声が聞こえた。

 その光が収まると、テーブルに横たわるミリネは目を閉じていた。


「ミリネーッ!」

 

 ゴリアテさんが叫び、ミリネにすがりつく。


「あれ? ……ゴリアテさん、ミリネ、生きてますよ」


 握ったミリネの手首からは、しっかりした脈が感じられた。


「えっ!?」


 ゴリアテさんが、耳を少女の胸に当てる。


「おっ!? なっ、ど、どうなってんだ、こりゃ?!」


 ミリネの顔色がいつものそれに戻っている。

 

「ミリネ、よく寝てるみたいですね」


 明らかに寝息らしいものが聞こえるんだよね。


「えっ?」


 ゴリアテさんは目を丸くして、口をぽかんと開けていた。



 ◇ ― 巫女シャーリー ―


 どうしようもないと分かっていても、若者の死はこたえる。その子を幼いころから知るなら、なおさらだ。

 少女の死は、ねばつくおりのように私の心にわだかまった。

 この気持ちが晴れるのは、いつになるのかしら。いえ、一生晴れないのかもしれないわね。

 そんなことを思っていると、ドアがノックされた。


「シャーリー様、大変です!」


「これ、神殿の中で騒ぐでありません! 見習いとはいえ、あなたも巫女なのですよ」  


「は、はい、それは分かっているのですが……。お昼に治療なさった娘さんが治ったそうです」


 治った?! そんなはずはない。あの状態から回復などするはずがないのだ。誰かが蘇生薬エリクサーでも飲ませないかぎり。

 だけど、もし、本当に彼女が回復していたとしたら……。


「用意なさい! 今すぐ『剣と盾亭』へ行きますよ!」

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