第5話 猫耳娘


 今日は朝から雨が降っている。

 俺が住みこみで働いている『剣と盾亭』は、宿だけでなく食堂も兼ねているのだが、雨のせいかいつもより客足が鈍い。昼時にもかかわらず、お客は三人しかいなかった。

 彼らが食堂から出ていくと、ゴリアテさんが軒下に掛けてある看板をしまった。


「おう、グレン、今日は宿泊客もいねえし、午後は休みにするからな。ちょっと出てくるから後を頼むぜ。帰るのは明日になるかもしれねえ」


「はい、分かりました」


「ミリネ、食事はマタビタのシチューがあるからな。くれぐれも戸締りは怠るなよ」


 ゴリアテさんは、猫耳ごとミリネの頭を撫でると、大きな袋をかつぎ裏口から出ていった。

 俺が流しで皿洗いをしていると、ミリネが声を掛けてきた。

 

「グレンさん、お茶の用意ができました。こちらに来ませんか?」


「ああ、すぐ行くよ」


 ◇


 ロウソクが置かれた分厚い木のテーブルに、素焼きのポットとカップが置いてあった。


「父さんに見つかったら、昼間っからもったいない、って怒られちゃうんだけど」


 彼女は白い三角耳をぴくつかせ、二言三言、小声で唱えた。

 ロウソクにふわりと火がともる。


「うわっ! なにそれ? 魔法?」


「生活魔術です。初めて見たんですか?」


「初めて初めて! いやー、異世界すげえな!」


「イセカイ?」


 俺は異世界から来たことも竜から生まれたことも秘密にしていた。どうみてもトラブルの種にしかならないもんね。


「いや、なんでもないなんでもない。それより、ゴリアテさんって、どんな人?」


 本当はミリネのことが聞きたかったんだけど、さすがにいきなり尋ねる勇気はなかった。


「父さんって今でこそ宿屋をやっていますが、昔は有名な冒険者だったそうです」


「ふうん、そういえば、ギルドのお姉さんがおやじさんのこと『はがねさん』って呼んでたけど」


「それ、父さんの二つ名です。以前、勇者とパーティを組んで、盾役をやっていたそうです」


「おお、勇者キターっ!」


 中二病患者としては、勇者なんて言葉、最高に心をくすぐられるぜ。


「キター?」


「ああ、気にしないで。ミリネちゃんは、ずっとここに?」


「……グレンさん、『ちゃん』って言わないでください。私、もう成人してます!」


「えっ? ミリネちゃん、その見かけでニ十才ってこと?」


「そんなはずないでしょっ! 私、十五才です」


 ミリネのカワイイ顔は、怒っていてもカワイかった。

 あれ? ああ、この世界は十五でもう成人なのか。

 でも、思ったより年が近かった、っていうより同い年じゃん。


「ごめん、どう呼べばいいかな」


「ミリネでいいです」


「分かった。『ミリネ』、これでいい?」


 ミリネはなぜか両手のひらで自分の頬を挟みモジモジしている。 

 

「さっきの魔法、あ、魔術だったか、他にどんなことができるの?」


「私が使えるのは、普通の生活魔術だけです。小さな火をつけたり、体を綺麗にしたりですね」


「へえ、みんなそんなことができるの?」


「グレンさんって、ホントに何も知らないんですね。魔術師に覚醒した人なら、生活魔術くらい誰でも使えると思います」


「そうなんだ」


「それより、父さんが、グレンさんって山奥から来たって言ってましたけど、北の方から来たんですか?」


 北? うーんどうだろう。この世界の方角ってまだよく分からないんだよね。

 俺たちは宿の仕事について、たわいのない話をしてからそれぞれの部屋へひっこんだ。

 あーっ! 猫耳を触らせてもらえないかって頼むの忘れてた!


 


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