第7話 和樹の家の秘密 1

 和樹が小学校3年生のある時期まで、同じ敷地に同居しているのに昌孝大叔父の事を和樹と姉の妃華ひめかはよくわかっていなかった。


 昌孝は和樹の祖母の弟である。


 近藤家は二世帯住宅になっており和樹たちの母親の妃織ひおりの実家で父親の義和は婿養子だ。

祖母も家を継いだので親子二代で婿を迎えたのだった。


 婿養子に入ってくれる義和に気を遣い二世帯住宅に改築したのは二人が結婚する前だった。


 改築する時に昌孝の住まいとして2DKが祖父母の家の横に連なる様に作られた。

 実際には三世帯住宅なのだった。


 閑静な住宅地にある近藤家は元々は先祖代々受け継がれてきた広い土地を持つ地主だったこともあり、今でも庭が森のように広く、部屋数も回りの戸建ての家の倍近くある。


 近藤家の二世帯住宅は両家ともに二階建てにしてあり玄関も5m程離れている。

 家の中は廊下でつながりはしているものの娘婿への配慮として途中にドアが作られていた。


 昌孝のために和樹たち家族が住んでいる側から一番離れた端に水回り付き2DKの1人用住居がこれも玄関が別で中からも行き来出来る様につなげて建てられていた。


 祖父母の家に和樹たちが行っても昌孝大叔父と出会うことは全くなかった。

 昌孝大叔父は朝早く庭の手入れらしきことをする以外は部屋から出て来ないし人付き合いもしない変わり者だったのだ。

 和樹たちは庭の森の中で遊ぶことがあっても昌孝大叔父の事を見かけることはなかったし存在すら忘れていた。


 和樹は小3の夏休みに家の庭に宝物を埋めるという遊びを思い付いた。

 姉が小学校を卒業する時に校庭にタイムカプセルを埋めたと話していたのを思い出してやってみたくなったのだ。

 水曜日のピアノのレッスンが済んだ後、和樹は美久を自宅に誘った。


「ねぇ、美久ちゃん、明日さ、僕うちの庭に宝物を埋めるんだ。僕、美久ちゃんに手伝って欲しいんだけど駄目かなぁ。」


「え?和樹くんのお家?」

 美久は急にそう誘われて戸惑った表情になってしまったが行ってみたかった。


「うん、僕ね、庭のすごい秘密を知っているんだよ。宝物を埋める時に、それも美久ちゃんに教えてあげたいんだ。あ、来れるなら美久ちゃんも埋めたい宝物があったら持って来てね。」

 和樹は初めて会った時から美久のことが大好きで、美久に自分のことを特別な存在だと思って欲しいという気持ちを持っていた。


「うん、いいよ。」

 美久は和樹の家の前を何度か通ったことがあり大きな門の中はどうなっているのだろうかと気になっていた。


 次の日の午後、美久がインターホンを鳴らすと和樹は待ち構えていたように玄関から飛び出してきた。

「美久ちゃんだぁ!」

 和樹はうれしそうに門を開けて美久を家の中へ招き入れた。


 和樹の家の中に入るとピアノの音が聴こえてきた。

 中学校一年生の和樹のお姉さんが弾いているリストの「ため息」と言う曲だと和樹が教えてくれたけれど、美久は聴いたことのない美しく難しそうな曲で自分には大きくなっても弾けそうにないと思った。

 

 1階の一番端の部屋は和樹のお母さんがピアノ教室に使っている部屋があり、そこにはスタンウェイのグランドピアノとヤマハのグランドピアノが2台並べて置いてあった。


姉の妃華ひめかが練習しているにも関わらず中に入っていく和樹について美久も部屋に入ると妃華ひめかは手を止め「こんにちは、いらっしゃい。」とにっこりと笑って言ってくれた。

 美久は自分のピアノの先生である山崎先生のピアノ教室よりも部屋が広く豪華なことに驚き、自分とは無縁の世界に入り込んでしまった様な違和感を感じていた。


「和樹くんてお金持ちの家の子どもなんだ。」


長い廊下を歩きながら思わず言ってしまった美久に和樹は気にした様子もなく、

「そうみたい、家が広いしグランドピアノが2台とアップライトピアノが1台お婆ちゃんちにもあるしね。でもね、僕、この家にはもう1台ピアノがあると思っているんだ。

これは僕だけの秘密なんだよ。」

と美久の方を向いて人差し指を口に当てた。


「えっ、そうなの?どこに?どうして秘密なの?」


「それは、僕の部屋で教えてあげるよ。」

和樹の部屋は2階の東側で母親のピアノ教室の真上だった。

しかし防音壁材を使っているせいか、階下で弾いているピアノの音はそこまで大きな音ではなく程よいBGMが流れている感じで心地良い。


和樹は美久に銀色の缶箱を開けて見せた。

中には回すと光る『こま』とミニカーと綺麗なガラス玉が3つ入っていた。


「美久ちゃん、何か持って来た?埋めるもの。」

和樹に聞かれ美久は手提げカバンから小さな紫がかった透明度の低い水晶石を出した。

「これ、水晶の石なんだよ。私の宝物。」

と美久が見せると

「大丈夫?こんな高そうなもの埋めてお母さんにバレたら怒られない?」と和樹が心配そうに聞いた。


「大丈夫!これは売り物にならないんだって。でもきれいだし捨てるのはもったいないから私の宝物にしてもいいってお父さんがくれたから。」


「へぇー!なんかさ、願い事が叶いそうな石だよね。」

「うん、お父さんも願い事してごらんって言ってたよ。だから私はピアノの失敗が減ります様にってお願いしてるんだよ。和樹くんも願い事してもいいよ。」

「え?いいの!」

和樹は嬉しそうに願い事を考え始めた。

「あのね。僕、美久ちゃんと大人になったら結婚出来る様にお願いしてもいい?」


「えーっ、早すぎない?まだ小学3年生だよ。」

美久が驚いて言うと

和樹は恥ずかしそうに

「だよね。あはは‥。」と言って顔を赤くした。


「いいよ。お願いしても。」

美久が和樹を真っ直ぐに見てそう言うと

和樹は急にキリッと背筋を伸ばし

「いいの?じゃあお願いする。」と言って目を瞑り水晶に手を合わせた。

美久も一緒に目を閉じて手を合わせた。


「大きくなったら和樹くんと結婚出来ますように。」

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