第5話 和樹がいるレッスン
美久はピアノの前に座って気がついた。
今から和樹の前で先生にたくさん注意されるのを聞かれてしまうのだと。
嬉しい気持ちは緊張に変わってしまった。
横目で和樹をチラリと見ると持参の本を読んでいるようだった。
美久は和樹が自分をあまり気にしていないと思い少し気が楽になった。
和樹が来るかもしれないと思っていたから毎日、真面目に練習して来ていた。
まず、初めに指の練習「子どものハノン」の15番、その後、ブルグミュラー25の練習曲から1番「素直な心」をそして、その次は「インディアンの太鼓」
美久は指が柔らかく直ぐにグニャリと手の形が崩れてしまうタイプだったので習い始めた頃から苦労していた。
指が綺麗なアーチを作れず反ったり関節が折れた様になってしまったりするのだった。
山崎先生は美久の「ピアノに向かない手」に悩んでいたが、美久がピアノを続けるなら身体の成長と共に何とかなるかもしれないと美久の手の形を直し続けていた。
一昔前ならば、「ピアノに向かない手なのでレッスンは出来ません。」という先生もいたらしかったが、山崎先生は幸い自分はそんな事はしたくないと思っていた。
美久も他の子が手の形で苦労していないと気が付いていたが、それがピアノをやめる理由にはならないと思っていた。
最後にレッスンしてもらうのは「インディアンの太鼓」だった。
次の発表会まではまだ8ヶ月もあったけれど、山崎先生にしてみれば、前回の発表会のリベンジもあり、最高の演奏を美久にさせたいという思いがあるのだ。
弱くても元気なはっきりした太鼓を左手で弾かなければならない。
そして右手はメロディだからはっきりと力強く歌う。
美久はとても頑張った。
右手は強く、左手は弱く、でも元気に。
と頭の中でぐるぐるしながら弾いた。
弾き終えると山崎先生が、
「美久ちゃん、頑張って考えて来たのね?
そのバランスでいいのだけど、インディアンさんと太鼓が石で出来てるようだわ。人間のように弾いて欲しいのだけど。」
と残念なのを隠す様に気の毒そうに言った。
美久はがっかりして俯いていると、続けて
「スタッカートも忘れてしまったわね。そんなに鍵盤を押しつけては駄目なのよ?」と美久に説明をしている山崎先生に和樹が大きな声で言った。
「僕は石で出来たインディアンが好きだよ!
かっこいい!
きっと強いに決まってるさ。そうじゃないと石の太鼓は持てないんだから。」
美久と山崎先生は驚いて和樹を見た。
「かっこいい?石のインディアンが?えっ?」
美久も山崎先生もしばらく呆然としてしまったが、どちらかともなく「ふふふ!」と笑ってしまった。
すると和樹は調子に乗って
「石のインディアンは大きくて歩くとドスン、ドスンってなって家が揺れるんだよ。石の太鼓を持ち上げて踊るとね、地震みたいに地面が揺れるから皆んな逃げ出すと思うよ。
美久ちゃんさ、いい考えしてるよね?へへ!」
と言って美久の方を見て笑った。
「和樹君たら、面白いこと言うから笑っちゃうじゃないの。美久ちゃん、良かったね。石のインディアンもいいって。ふふふ、さぁ、それもいいけれど今度は人間のインディアンのお勉強をするわよ。」
山崎先生は和樹の気の回し様に感心しながらそう言って美久を見ると、美久は緊張が解けた笑顔をしていた。
山崎先生はホッとして、
「さぁ、美久ちゃん、石のインディアンは出来たから次は人間のインディアンの弾き方をお勉強しましょうね。
肩の力を抜いてごらん?」とレッスンの続きを始めた。
和樹はレッスンが始まると直ぐにソファー深くに座って本を開いた。
美久は和樹が本を読み始めたのを確認してから山崎先生の言う通り肩の力を抜いてみた。
「右手から弾いてみましょう。スタッカートを忘れないようにね。頑張り過ぎて音が重くなっているからもう少し軽く弾いてみてごらん?」
美久はその日、練習の甲斐あってか山崎先生の言っていることが良く分かる気がして楽しくレッスンを受けることが出来たのだった。
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