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 図書館の机は同じものを向かい合わせて正面についたてがついている。その一棟が何列もある。ひんやりした机に顔をつけて暗闇の世界に浸ると授業中より上等な睡眠ができそうで、自分はますます図書館が気に入った。


 女子軍団は自分たちの棟のひとつ向こうに並んで座ったと思われる。楢本さんが再び自分の肩を叩いて起こすと、音を立てないように四つん這いで隣の棟に移動を始めた。有無を言わさずついてこいと顔を振る。その様子はまるで軍隊である。まさに戦場のごとく自分は楢本さんに従った。訳がわからないながらも、どこか少年のような心持に戻ったかのようで、楽しいことは楽しい。図書館の床は絨毯であるから気をつけていれば音はしない。低い視線から眺める整列された椅子や机は壮観で、銀色の椅子の足が輝いていた。


 隣の机の棟にも当然人はいない。女子軍団は大声ではないものの楽しげに話をしている。やはり、彼女たちも貸切気分を楽しんでいるのだろう。


 楢本さんは本当に真剣な表情で首を振った。目つきの真剣さにようやく自分もそこはかとない恐怖を感じ始めていた。見れば女子軍団の脚である。自分は首をかしげた。ことここに至っても、楢本さんの真意が分からない。分からなくて当然である。楢本さんはゆっくりと机の下に頭をいれていくと、まるで布団をかぶるように仰向けになった。そうして、寝床を整えるように脚や背中を使ってほんのわずかながら体を奥に進めていく。芋虫のような動きである。この状態が、まさにさきほどの楢本さんに声をかけた時と同じであった。洞窟救助のレスキューのようなものだ。自分は息を潜めて楢本さんを見守っていた。時間にしてわずか、楢本さんは椅子の下から滑らかに顔を出し、同じような態勢を取れと目で指示していた。楢本さんの気性として、まず第一はせっかちである。迅速に従うのが一番だ。


 自分は楢本さんの隣で椅子の足をつかみながら、仰向けにゆっくりと足や腰を上手に使って椅子の下から机の下へと芋虫の動きでゆっくりと進んでいった。椅子の足はひんやりしていた。女子軍団の脚である、太ももである、そして――股間である。全身の毛穴から火が噴いた。あわてて這い出たが、音一つ出さなかった自分をほめてやりたい。ついで楢本さんも熟練の動きで体を起こした。自分は首を振った。楢本さんは満面の笑みである。自分は目を見開いてもう一度首を振った。楢本さんは声を出さないのに必死で、腕を噛んで笑いを殺している。肩がリズムでもとっているように揺れていた。


「楢さん、これダメだって!」四つん這いで顔を突き合わせている二人だけにしか聞き取ることのできない押し殺した声に精一杯の怒気をこめた。


 目をひんむいて首をふったら楢本さんは大ウケである。泣き出したように顔を伏せて、こちらに向けたケツがいまいましく揺れていた。黒いズボンはテカり始めていて、実にケツがでかい。笑ってはいけないと思うと、思わず声が出そうになって、屁ももれそうになった。生涯で一番の絶望がここにある。毒を食ってしまったような後悔、それが内臓にあって取り出すことができない。無力感が全身を打った。


 一秒でもここにはいられない。こんなところが見つかったらもう学校を歩けない。

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