第11話 チンアナゴのキーホルダー
夏が残していった暑さが徐々に消えてきた秋の入り口。
少し羽織るものがないと夜は肌寒く感じられるようになってきた。
僕は今日、久しぶりにルカちゃんとのデートに行く。
僕は前ほどは緊張していない。
付き合いたいとか考えるから、自分の身の丈に合わない振る舞いをしようと気持ちがはやってしまうのだ。
今日は単に友達と話しに行く。
ただそれだけだ。
僕らは水族館でデートをすることになっている。
都心から少し離れた下町にある水族館だ。
田舎出身の僕にとって、下町というのは心落ち着く場所だった。
「おまたせしました〜!」
ルカちゃんが走って僕の方に向かってくる。
前に会ったのが夏だったから少し装いも変わっていて、なんというか…可愛い。
「全然大丈夫ですよ。それじゃあ行きましょうか!」
僕は前もって買っておいた入場券をルカちゃんに手渡す。
「えっ!?買ってくれちゃったんですか!?
ありがとうございます。でも出しますよ?」
カッコつけないとかいった矢先にカッコつけてしまう自分に笑えてくる。
しかし僕には1つ秘策があった。
「全然大丈夫です!
ただ…一個お願いがあるのでそれを聞いてもらってもいいですか?」
「はい…なんですか!?」
「いつも魔界とかのお話をたくさんしてくれるじゃないですか?
あれはあれで楽しいんですが、今日は魔界のトークよりもルカちゃん個人のことを詳しく聞きたいんですよ。」
僕は前々から言いたかったことをようやっと言えた開放感に包まれる。
「え…そういえば私の話あんまりしてなかったかもですね。いいですよ!そのかわり灰田くんのこともいっぱい聞いていい?」
ルカは照れ笑いを浮かべながらそう言ってくる。
やはり可愛い。
少し幼さは残るが顔のパーツが整っていて、芸能人にいてもおかしくない。
そんな顔で見つめられたら簡単に好きになってしまいそうだ。
「僕はそんな面白くもないし平凡な奴ですが、それでもよければお話ししますね。」
中に入ると様々な魚のコーナーがあり、ルカちゃんはどのコーナーでも同じようにハイテンションで走り回っていた。
中でもチンアナゴのコーナーは大はしゃぎだった。
「見てみてー!なんかへんな生き物がいっぱいいるよー!わっ!なんか出てきたー!
なんだろー。気持ち悪いのに可愛いー!!」
ルカちゃんは、子供のような笑顔でチンアナゴを凝視していた。
「ルカちゃんはチンアナゴ見るの初めてなんですか!?」
「うん!というより魚自体見るのが初めてっ!近くに海とかないからさー!」
「また今度、別の水族館とかも行きましょうか。シャチとかイルカのショーがあるとこならもっと面白いですよ!」
「行きたーい!あと動物園も行ったことないから行ってみたいかも!」
ルカちゃんはパパにおねだりする5歳児のような無邪気な顔になっていた。
最初は綺麗な子だからどう話していいか分からなかったが、いまは自然に会話も出来る。
純粋なルカちゃんの前では僕も自然体でいることが出来た。
僕らは他の人の何倍もかけて全てのコーナーを回り切った。
「あっ!灰田さん!なんかお店があるよー!
なんか良いアイテムあるかもっ。」
「アイテムってなんだよっ!」
僕は笑いながらそうツッコむ。
ルカちゃんの勢いに押されお土産コーナーへと向かう。
そこには水族館にまつわる生き物のぬいぐるみや筆記用具、キーホルダーなど多種多様のものが置かれていた。
ルカちゃんはここでも目を輝かせ走り回っていた。
「灰田さん!このペンギン可愛くない?
このダイオウイカペンケースも可愛いなあ。
買っちゃおうかな?」
「いや…ダイオウイカペンケースはさすがにだと思いますよ。ペンケースならこのイルカのやつのが可愛くないですか?」
「んー。イルカのも可愛いけどなー。
あっ!これだっ!めちゃくちゃ可愛いよお!」
ルカちゃんが手にしていたのは、チンアナゴのキーホルダーだった。
どんだけチンアナゴ気に入ってるんだ!
「ねぇ…これ一緒に買わない!?」
チンアナゴのキーホルダーを掲げながら、僕に迫ってくる。
「いや、チンアナゴはさすがにな…
ペンギンのキーホルダーとかにしません!?」
「いやだー。チンアナゴが良いー。ねぇ…ダメ…?」
そんなおねだりされたらダメという選択肢は消えてしまう。
「わかりましたっ!じゃあ買いましょっか。」
「やったーーー!!お揃いだね!灰田さんとお揃い嬉しいなー。」
僕らはお会計を済ませ水族館を出る。
昼過ぎに入館したのにもう既に夕方になっていた。
「どこにつけようかなー。灰田さんはなにに付けるの?」
「いやー、僕は目立たないところにでも…」
「ダメ!お互い一番よく使うものに付けよ。
そうだ。ケータイに付けるのはどう?」
「このチンアナゴなかなかに大きいからスマホにつけたら邪魔じゃないですか?」
「そんなことないよー。それに…これだけ大きかったら会わなくても私のこと忘れないでしょ?」
少し寂しそう顔でそんなことをいうものだからハッとしてしまった。
「そうだっ!写真も撮ろう!せっかく二人で来たんだし記念にねっ。」
さっきの寂しげな顔から一転、今度はまた無邪気なルカちゃんに戻っていた。
それよりも写真って…
お母さんと妹以外の女性とツーショット…
生まれて初めてのツーショット写真に嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちで感情が渋滞していた。
そんな僕を横目にルカちゃんは、通りすがりの人に写真を撮ってもらうようお願いしていた。
仕事が早い。
「はい。じゃあもうちょっと寄ってくださいね。」
通りすがりのカメラマンが僕たちに指示を出す。
密着するルカちゃんの体からは甘い良い匂いがした。
逆に僕は変な匂いしてないかと不安になり急に緊張してくる。
「はい、チーズ。」
『カシャ』
ルカちゃんは通りすがりの人が撮ってくれた写真を確認する。
目が半分閉じて不器用なピースをする僕の写真をみて、ルカちゃんは大爆笑していた。
「なんだよ!笑うなよー!」
僕はツッコミながら今日一番の笑顔になっている自分に気付く。
もう既に魔界の話ばかりする電波ガールのイメージは消えて、純粋無垢であどけなさが残る女の子という印象に変わっていた。
そんな天真爛漫なルカちゃんに僕は徐々に心惹かれていた。
続く…
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