第8話 突然の辞令

ルカは上司に呼び出され、会議室にいた。


異常に広く、物がほとんど置かれていないこの部屋は殺風景で重苦しい雰囲気を加速させているようだった。


ゴホンッ


上司は咳払いをして、話始めた。


「真木瀬さん、単刀直入に言います。

あなたに辞令が交付されました。」


「ほえ!?私どっかに飛ばされちゃうんですか?なにかやらかしましたっけ?」


不安そうに上司を見つめるルカ。


「安心してください。これは栄転です。

真木瀬さんは今後ダークエメラルド方面隊に入隊してもらうこととなりました。」


思わぬ辞令に驚いてしまう。


というのも「ダークエメラルド方面隊」は宿敵ダークエメラルドの最前線で防衛に当たる部隊なのだ。


魔法界の仕事の中でもかなりの要所となるところだ。


それを新米に毛が生えたようなルカが担うことは魔女の長い歴史から見ても異例のことだった。


「わ…私は荷が重いと思うんですよ!最低でも10年以上経験のある魔女が担ってた部署にペーペーの私が異動って…

なにかの間違いではないんでしょうか…」


ルカは嬉しい気持ちよりも先に困惑の感情のが大きかった。


「いいえ、これは間違いではありませんよ。

昨年からダークエメラルド方面隊隊長になられた方は年数より実力がある人を採用すると方針を打ち出しています。

そして隊長は、あなたの学校の校長とも親交がるので、それであなたが推薦されたのでしょう。」


ルカはいまだに状況が飲み込めなかったが、上司の言ったことや表情を見て、どうやら真実であるということは悟り始めていた。


「あの…1つ質問してもいいですか!?」


ルカは異動よりもきになることがあった。


「異動したあとも休日は自由に過ごせるんでしょうか?」


「え?ああ、もちろん勤務体系はこれまでと変わりませんよ。」


「ほんとですか?人間界に行ったりしても大丈夫なんですか!?」


「それも大丈夫です。ただし有事の際には異世界に移動することは禁じられているのでそれだけは注意してくださいね。」


「わっかりましたー!!」


ルカの困惑した表情が一気に晴れた。


ルカはまだ与えられた任務の重さを知らなかった。


無邪気な笑顔で鼻歌を歌うルカに対して上司は事の重大さを伝えるか迷った。


しかしあえて伝えなかった。


こんな無邪気に笑えるのも今だけかもしれない。


そう思うと上司はなにも言い出せなかった。


「入隊は2日後になりますので、それまでは今まで通りの仕事をこなしてくださいね。」


そう言うと上司は会議室を去っていった。


事務室に戻ると、レイナが泣きそうな顔で待っていた。


「ルカ先輩〜、全然出来ないです〜」


「レイナちゃん、そんな事より聞いて!あたしねー、異動することになったの!異動先はダークエメラルド方面隊なんだよー」


子供のように笑うルカとは対照的に、レイナは態度を一変させ、冷ややかな態度を取る。


「そうなんですか。じゃあルカ先輩とはもう会うことはないかもしれないですね。いままでお世話になりました。」


ルカはその冷たい態度の理由がなんなのか分からなかった。


「えー、待って待って!また戻ってきたら一緒にお仕事するかもだよ!

もしかしてー、手伝うって言ったのに異動決まったから怒ってるのー?」


「いえ…おそらくルカさんがあちらへ行かれるということであれば、事務部にも異動してくる人が来るでしょうから、その点は問題ないです。」


もうレイナは事務処理をしはじめていた。


「むー、レイナちゃん冷たいー!そんなんじゃ彼氏出来ないぞー」


レイナはそれを無視して、黙々と事務処理を続けた。


しばらく沈黙が続く…


「…あ、でもレイナちゃんともっと一緒にお仕事したかったなー。レイナちゃんは私の初めての後輩ちゃんだし、お友達になれるかなって思ったけど…」


レイナは答えない。


「レイナちゃん、ごめんね…ほんとはもっと色んなこと教えてあげたかったんだけどね。

一日だけの先輩だったけど、レイナちゃんが後輩ちゃんで嬉しかったよ!」


そう言い残しルカは部屋を出ようとする。


レイナはルカの言葉に堪らなくなって泣きながら言う。


「レイナ先輩はバカです!大馬鹿です!

この人事の意味もわからないなんてっ!

良いですか?ダークエメラルド方面隊はいま壊滅状態なんです!!

公にはされてませんが、何者かによって襲撃を受けていて、死傷者が続出してるんです!

そんな危ないところにルカさんはいくんですよ!わかってるんですか!?」


「そっか…それじゃあ気をつけないとだね。

でもね…私のことを心配してくれる人がいるんだもん!

絶対帰るよ、大丈夫っ!

また、一緒にお仕事しようね、レイナちゃん!

あ!いまのちょっと先輩っぽかったかな?」


ルカはレイナに最初に見せた屈託のない笑顔を見せ部屋を出た。


レイナはさっきよりも大きな声でむせび泣いた。


太陽が翳り、大雨が降っているかのごとく泣き続けた。


部屋の外にまで響き渡るほど大きな声で泣いた。


続く…

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