二章 出会い

木陰でターバンの結び目を直していると、桜花の花びらが地面に落ちるのが見えた。

それを穏やかに噴いた風が再び攫っていくのを見て、レイフォードはふと風上の方を向いた。

「……ふん」

風に幽かに別の臭いを感じたのだ。

血の臭い、煙の臭い。そういった類が混ざり合った、「戦い」の臭い。

この景色には不釣り合いな臭いで、レイフォードにはすぐにそれを感知出来た。

「強盗か、それとも……蛮族か」

どちらでもいい、が相手が誰かは知らんが恩を売って損はないだろう。

ウォードと違って十割本音でそんな事を考えながら、ロングマントを翻してレイフォードはその臭いの元へと駆け出した。

……オレの足なら、そう遅くはならないだろう。


その予測通り、1分足らずでレイフォードはウォードたちのいる場に辿り着いた。


「せりゃああっ!」


レイフォードの目の前では、豪奢な服を着たドレイクと鍔迫り合いをする人間の青年が戦いを繰り広げていた。

「あれは……」

レイフォードは即座に腰の後ろに装着したアルケミーキットから白いマテリアルカードを取り出し、エンサイクロペディアという賦術を使い――あの魔物に関する記憶、知識を総動員する。

「……ドレイク、バイカウントだと?」

本来ならこんな街道で一対一の戦いをする様な存在ではない。

何百を超える蛮族の軍勢を指揮しているはずの存在だ。

「何故こんな所に……?」

伏兵の可能性を思ったレイフォードは、正体を看破した瞬間に身を隠す。


(それにしてもあの男、ドレイクバイカウントとタイマンであそこまで動けるとは……相当のやり手だな)


ウォードの剣筋、鎧を見ているが、それだけではない。

傷を受けても鎧や盾でいなし、怪我を負えば即座にポーションと回復魔法で治癒。

(ザイアの神官戦士か……これまたこんな所でお目にかかるとは珍しい)

神殿や軍で訓練しているだけでは無い様だ。あらゆる物を吸収し、実践し身に着けてきた実力というものを、青年といえる年齢だろうに既に持っている。

(オレと同じ……というのも違いそうだが。さて、範囲魔法も使う相手にどう立ち回る……?)

レイフォードは、ウォードが背後の人々を護っているのを理解していて、様子を見ながら徐々に接近する。

高いレベルでの斥候スカウトであるところのレイフォードは、戦場の状況をよく見ていた。


ドレイクバイカウント一体。

ダークトロール数体、これは死亡。

冒険者が五人一組、三名死亡。残り二名も重傷。

御者・乗客と思しき被害はなし――。


彼が一人で頑張ったのか、冒険者五人組が頑張ったのかまでは判別できないが、下手な援護をすれば、まだ息のある連中に被害が及ぶ。

ドレイクを殺すならば竜化されないよう、一息で殺さなければならない――……

レーゼルドーンでいくつかの戦果を挙げてきたレイフォードはそこまで分析した。

(あの男は優秀だが突破力に欠ける。だがオレがわざわざ介入して、ここら一帯のドレイクども蛮族に喧嘩を売る……?)

まあ、それも悪くはないか、と胸の中でつぶやいて。


『――力ない人を護るのに、理由はいらないから』


ふと、そんな郷愁が、頭をよぎった。

ぎり、と唇をかみしめる。

彼はもういない。あの満月の日に、自分だけを残して皆逝ってしまった。

――だというのに、目の前の無力な人を護る青年の横顔に、彼の面影を見てしまった。



ドレイクの剣閃がウォードの脇腹めがけて叩き込まれる。

盾を使い、うまくいなしたつもりであったが、魔力の籠ったその一撃はとても重かった。

「騎士神ザイアよ、癒しの奇跡を齎したまえ!」

神聖魔法キュア・ハートとヒーリング・ポーションのがぶ飲みである程度治癒するも、それでも累積していた傷はウォードを苛んでいた。

ドレイクバイカウントは、それを見てにやりと笑った。

「そろそろ終わりにするか。良く戦ったな――人族の戦士、ウォードよ」

「これで満足ってのか!? まだまだだろ」

「いいや、後ろに弱者を抱える以上、お前は此処までだ。俺としても存分に力を振るいたかったが……俺にも事情があるからな。何、お前の首は我が門に飾ってやろう」


そういってドレイクは、魔法の詠唱を始める。

操、第十階位の呪。ザス・ツェンド・ザ・デス邪雲、肉体、変質バクラ・コルプス・カンピオ――石化ピエドラピス

「!?」

魔法文明語がわからないウォードは、その詠唱に身構えるしか出来なかった。


物陰にいたレイフォードには、即座にその呪文が何であるかを看破していた。

操霊魔法こそ使えないが、レイフォードは同じ魔法文明語を操る真語魔法が使えた。

(ペトロ・クラウド……!)

1分で対象を永遠に石化する範囲にかかる凶悪な呪いの魔法。

即座にレイフォードは呼吸を整える。


「そんな魔法、耐えてやるからな!」

ヤケクソ気味に言うウォード。

何の魔法かわからないウォードには、目の前で詠唱されている魔法がどういう物なのかを知るすべはない。

ただ、騎士神ザイアの信徒として、ここは引けない。自分は死ねないというだけだ。


駆ける。その呼吸は練体士エンハンサーが使う独特のもの。

一歩進むごとに練技を起動していく。

キャッツアイ、ガゼルフット、ストロングブラッド、マッスルベアー、アンチボディ、スフィンクスノレッジ。

賦術はヴォーパルウェポン。赤いマテリアルカード……奮発してSランクを使う。

そしてマナを使い、手に蒼い炎を発生させる――炎熱は練技でなんとかなる――。

蒼炎そうえん。レーゼルドーン大陸での戦場で、そう噂された所以たる炎。

それは今、許されざる蛮族へと襲いかかろうとしていた。


「――それは結構だが。」

何の魔法だ、と内心慌てていたウォードの混乱を、涼やかな声がかき消した。


「とりあえず一歩右に避けろ」


ウォードが慌てて右に一歩移動した瞬間、人影が弾丸の様にその脇を駆け抜けていった。

蒼い炎をまとった拳が、ドレイクの急所をいくつも打ち抜く。

「ガッ…………!?」

その豪奢な格好をしたドレイクは、本来の竜形態に戻る間もなく崩れ落ちる。


「……は?」

目の前で突如発生した馬車にはねられたが如くの状態になったドレイクと目の前のターバンをつけた、どこかの民族衣装のような服装の男を見て、ウォードは間の抜けた声を上げた。

その人物は、こともなげに手にまとった蒼い炎を掻き消す。

「他に増援もないみたいだな」

ふん、と鼻を鳴らして言う。

「……お前は?」


「他人に誰何するなら、まず自分から名乗ればどうだ」


涼しげな声は、冷たい視線でそう返す。

ウォードはこいつはひねくれ者だと瞬時に理解する。

桜の花が舞う春の街道での出来事。



――それが、後に相棒となる、レイフォードとウォードの出会いだった。

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汝、宿命を打ち砕け 入間エイノ @eino_shuuka

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