第2話 予兆

いつも通りの授業を終えて、委員会が始まる前にミサキに缶ジュースを買って会いに行った。

「え、本当に買ってきたんだ」

「そうだよ。お前が買って来いって言ったんだろ」

「言ったけど、冗談半分で……」

「つまり、いらないんだな」

「いや、そうとは言ってないです!ありがたくいただきます」

そんないつも通りの会話をおえて、委員会の行われる教室へ向かった。


まだ、顧問の先生はおらず、生徒たちだけが集まっていた。開始時刻二分前だが、ざわざわとしていた。

顧問は時間にうるさい老人で、常に十分前にいるはずの人物である。

「ギリギリ間に合ったな。良かったな、先生来る前で」

校則違反の茶髪で制服を着崩した中村が声をかけてきた。

「僕には中村の髪の方が先生の逆鱗に触れると思うけどね。で、先生やっぱりまだ来てなかったんだ」

「うん。まだ来てない。こりゃあ明日は槍でも降るんじゃないか?」

「そうだね。降るかもね」

定刻になっても先生は教室に来ないので、委員長が職員室に行くことになった。

その間も生徒たちは騒めいていた。顧問への疑心と、早く帰れるかもしれないという期待が入り混じったなんとも言えない雰囲気だった。

「まさか今日委員会無かったって言うオチか?」

「いや、それはないだろう。他の学年だって集まってるし」

タッタッという足音が教室に入ってきた。

足音の主は委員長だった。そのまま、皆んなの前に立って言った。

「今日の委員会はここで解散です」

一気に教室は騒然となった。

委員長は声を張り上げて続けた。

「先生が忘れていたらしく、必要な資料などもできていないので、委員会を中止します。本当に申し訳ないと先生がおっしゃってました。今日の集まりで伝えるはずだった内容は、後日プリントにして渡すのでそれをみて行動をとってください」

あちらこちらから先生に対する不満や悪意が溢れている。それを収めることもしないまま「解散」の声によって生徒たちは教室から流れ出した。

生徒だけではなく自分に対しても時間に厳しい性格だったので、今回の一件で信頼もだいぶ墜落するだろう。

僕は中村に別れを告げ、ミサキのある教室に向かった。


閑散とした教室の窓際の席で、一人ミサキが座っていた。

「おまたせ」

声をかけるとミサキはスマートフォンから顔を上げた。

「あれ、早いじゃない。三十分くらいかかるんじゃなかった?」

「ああ、顧問が忘れてて中止になった」

「顧問って八木だよね」

「そうだよ」

「そんなことあるんだ……」

「まぁ、人だから忘れることもあるだろうさ」

「そういえば」といってミサキはそこで言葉をきった。

「なんだよ」

「あのさ、今日私のクラスの世界史の授業かことなんだけど……」

「ああ、波佐谷の授業か」

波佐谷は薄い頭の教師で、すぐに癇癪を起こす迷惑な奴だ。どうやったらあんなのが教師になれるのだろうか。

「うん。あいつ、昨日と全く同じ内容をやったんだよ」

「は?ついにキレすぎて血管きれてボケたか」

「そうかも。でさ、質問するタイミングや当てる人まで一緒なの。気持ち悪くない?怖くて皆んな言えなかったけどね」

「明日も同じことしたら他の先生に言った方がいいな。本当にボケた可能性があるしね」

「そうだよね」

そこで一旦会話がきれた。

「で、カラオケ行かないの?」

「あ、うん。ちょっと待って、荷物が……」

バタバタと彼女は荷物をカバンに詰める。

「ほら、いくぞ」

教室を出ると、外から入ってきた風が首のあたりを走っていった。


そのあとは、いつも通りだった。

平凡で穏やか。そのままだった。

これから起こることの破片になんて気にもとめていなかった。

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