第6章33幕 出発<departure>

 「そ、そうか」

 私が過去の恋愛話をサツキに話すと、質問されたときの私と同じ様に顔を引き攣らせてサツキが返事をします。

 「だから言ったじゃん。面白くなんかないよって。私も話したんだし、サツキも話してよ」

 私がサツキにそう言うと、サツキは少し顔を伏せながら、答えます。

 「ワタシは恋愛をしたことが無いんだ。初恋というものは経験したね。でも恋愛にまで発展しなかった。そしてそれを今でも引き摺っているんだ。女々しいと思うだろうが、どうしても忘れられないんだ」

 「そっか」

 「あぁ」


 そして無言の時間が続き、私達はお店を出ることにしました。

 タクシーを呼び少しサツキの買い物に付き合います。

 「すまない。不足していたものに今気づいてしまってね」

 そう言いながらサツキは文具店を物色します。

 「文具なんて何に使うの?」

 「ん? あぁ。ネタ帳とでも言えばいいかな。切らしてしまってね」

 「そう言うことか。あっ。これ可愛い」

 たまたま目についた可愛らしい兎のノートを手に取ります。

 「チェリーは兎が好きなのかい?」

 「そうだよ」

 少し笑みがこぼれる私は、そのノートを購入します。

 「ではお揃いにしようか」

 そう言ったサツキも同じノートを購入します。

 「もう一カ所行きたいところがあるんだがいいかい?」

 「大丈夫だよ」

 この後私は<Imperial Of Egg>にログインするつもりはなかったので時間的には余裕があります。

 「パソコンのモニターを新調したくてね。出来れば発色の良いものがいい。あと目に良い物がいいね。いかんせん長時間画面を眺める職業だ。近頃の視力低下が著しい」

 そう言ってタクシーを呼びサツキは乗り込みます。


 電子部品の街秋葉原までやってきた私達は、パソコンの専門店へと赴きます。

 「便利な世の中になったものだ」

 サツキはそう言いながら専門店の階段を上り、モニターが置いてある場所に歩いていきましたので、私も続いていきます。

 フロアに着くや否や、サツキはAIか人間かはわかりませんが、店員に話しかけます。

 「目に優しくて発色の良いモニターはあるか?」

 「でしたらこちらでございます」

 店員はすぐ右手側にあったモニターを手で教えながら言います。

 「ほう。映像もきれいだな」

 「値は張りますが、目に良いことは請け合いです。そして、こちらです」

 そう言った店員がモニター横のボタンをタップすると、画面が真っ暗になります。

 「これは……そう言うことか」

 「はい。奥行対応型です」

 最近マニアに人気の奥行対応型モニターの様です。通りで私から見たら真っ暗に見えたわけです。

 「始めてみたが凄いものだな」

 「映像作品を見たりするのにも優秀です」

 「ならこれを頂こう」

 「ありがとうございます」

 店員にそう告げたサツキは他のモニターには目もくれず購入していました。


 「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう」

 「いい気分転換になったよ」

 「明日は<Imperial Of Egg>にログインするのか?」

 「うん。もこちねるも帰ってくるだろうし、ログインするよ」

 「そうか。ならまた向こうで会おう」

 話しながら私達は<窓辺の紫陽花>まで帰って来ました。

 「じゃぁまた明日」

 私がそう言って自室に戻ろうとすると、サツキが背中に声を掛けてきます。

 「チェリー。あまり気負うな。仲間がいるんだ。頼ってくれ」

 「うん。ありがとう」

 私はそう笑顔を作ったつもりですが、サツキの悲しそうな、寂しそうな顔は消えていませんでした。


 現実に戻ってきた私は案の定そのまま就寝します。

 次の日、目を覚ました私は昨日TACで買った兎のノートが届いていたので、少しほっこりとした表情になります。

 すこし落ち着いたところで朝ごはんを少し早いですが食べ、<Imperial Of Egg>にログインします。


 久々な気がしますが実はまだ半日程度しか開けていなかったと思いながら私はセカンドホームの自室から出て、リビングへとやってきます。

 「チェリー。きたんやな」

 そこにはステイシーともこちねるがいました。

 「もこちんさ……」

 「もこでええっていってるやろが!」

 「もこ。無事帰れたみたいだね」

 「せや。無事帰ってしっかり睡眠とってお肌ぴちぴちになったもこちねるさんやぞ。改めてパーティーを組みなおしたいんやけどええか?」

 そう言ってパーティー申請が来ますので許可します。

 「あとはあれやな。リーリと合流したあと『ヨルデン』の案内所に忍び込むで」

 「ところで前回聞き忘れたんだけど、どうして『ヨルデン』の案内所に潜入しないといけないの?」

 私がそう聞くと、もこちねるはため息のような息を吐き、答えます。

 「あんな? ほかのところで断れた依頼を別の都市に持ってきたんやろ。そいつの情報しれるに越したことないやろ?」

 もこちねるにそう言われ、私は「あぁ!」と声を上げます。

 「そう言うことや。一応はこの4人でパーティやけど、状況に応じてエルマとかサツキ、愛猫姫の力を借りなあかんときがくるかもしれんな」

 もこちねるはそういって立ち上がり、壁に立てかけた薙刀を手に取ります。

 「ほな、いくで。これからが本番やからな」

 そう言って≪隠蔽≫に特化しているであろう装備に転換したもこちねるを見習い、私達も装備を入れ替え、後をついて行きます。

                                      to be continued...

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