第6章32幕 花言葉<the language of flowers>
夕方に一度目を覚ました私は、端末に話しかけ、食料やティッシュなどの日用品を注文し、トレードを行います。
ある程度の稼ぎが生まれた段階で切り上げ、再び布団に入ります。
<Imperial Of Egg>にログインするのではなくTACにログインします。
「たまにはまったりこういうゲームもいいね」
誰もいないと思い口に出した言葉に返事があります。
「チェリーならそう言うだろうね。殺伐とした雰囲気は好かないのは知っている」
その声の主はリビングの扉に背を預け、こちらに顔だけを向けたサツキでした。
「サツキ」
「チェリーならきっとこちらに来ると思っていたよ。どうだい? 一杯」
手でお猪口を作ったサツキがクイッと動かし飲みに誘ってきます。
「たまにはいいね」
私もそう言いながら、お猪口をクイクイする動作をします。
<窓辺の紫陽花>からタウンマップへやってきます。
「さてどこにいこうか」
サツキが少し悩みながら、地図を眺めます。
「そう言えばエルマが気になる店があると言っていたな」
サツキがそう言いながら、行先を設定します。
「ここは……。あっ! フラワーショップが併設されたバーか!」
「あぁ。現実でも出店するらしいが、こちらでプレオープンらしい。どうだ?」
「いいね。行ってみよう」
私はサツキにそう返し、TACの中での移動手段としてこちらの世界で使えるバイクを入手していたのでそちらに跨ります。
「チェリーいつの間にこんなものを?」
「ん? えっとね。<Imperial Of Egg>で精霊駆動式の二輪車作った後かな。現実でも免許撮ろうと思ってVR講習を受けたんだ」
そう言いながらバイクに跨り、ヘルメット装着と書かれたボタンをタップします。
「乗って」
「あぁ。すまない」
そう言って乗ったサツキにも同乗者へのヘルメット着用ボタンを押します。
「そう言えばTACはヘルメット必要ないんじゃなかったか?」
「そうなんだけど、現実とほとんど同じだから、ちょっと怖くて」
「そう言うことか。なら私も現実に準拠しよう」
それでも一部の人はヘルメットを付けずに風をきる気持ち良さが癖になり、現実のバイクを手放し、こちらでバイクに乗っている人もいると聞きます。
「しっかり掴まっていてね」
「頼むから安全運転で頼むよ。HPという概念は基本ないが、損害賠償などはあるからね」
「わかってるよ。<Imperial Of Egg>みたいな速度は出ないから」
私はそう言ってバイクのエンジンに点火し、アクセルを回しました。
「チェリー。この世界は駐車場も再現されているってしっているか?」
「知ってるよ」
目的地まで半分ほど行ったところでサツキから話しかけられます。
「メニュー板にしまうのじゃなくて、駐車場に止めないか?」
「いいね。現実みたいで」
私はそう言って、目的地を変更します。
「あともう一つ」
「なに?」
「帰りはどうするんだ?」
「帰りは大丈夫。バイクしまってタクシーに乗るから」
「ふっ。こういう時、仮想世界は楽だ」
「だよね」
「ここだね」
近くの駐車場までナヴィゲーションを使用しやってきました。
「ありがとう」
「気にしないで。サツキも二輪とれば? 現実でも乗れるし。簡単だよ?」
「あぁ。ツーリングとか行ってみたいものだ」
「だね」
ヘルメットを外し、バイクを停め、自動回収設定をしました。
「店はすぐそこなんだな」
「うん。一番近い駐車場だもん」
「胸が高鳴ってきた」
そう言いながら歩くサツキについて行き、エルマが気にしていたバーへとやってきます。
『バーの入口はこちらです』
矢印の書かれた看板に従い店内へと歩を進めると、花の良い香りが鼻腔をくすぐります。
「ふあー! バラの香りがすっごい濃い!」
私はそう言って深呼吸をするかのように香りを肺に閉じ込めます。
「姫になった気分とでも表現したいね」
サツキも私と同様に香りを確かめます。
「当店はバラだけではございませんよ。こちらもよい香りです」
正面から現れた店員が手にクチナシとジンチョウゲらしき花を持っています。
「ご存じでしょうか。ジンチョウゲには雄と雌があるんですよ」
店員がジンチョウゲをフリフリしながら教えてくれます。
「はじめてしりました」
「ワタシもだ」
「うふふ。そして日本ではあまり見ることがありませんが、実には猛毒があるんですよ。可愛い花には棘がある。良い香りには毒もある。ということですね。ではこちらにどうぞ」
そう言って店員が花の話をしながら席まで案内してくれます。
「ではごゆっくりお過ごしください。良い花の世界を」
店員が去ると辺りを見回す余裕ができます。
周囲一帯が花の世界でなのですが、各々の花の香りが混じることが名様に工夫されていて、非常に居心地の良い空間でした。
メニュー表を眺めても、全てが花尽くしでした。
試しに、花酒というものを注文してみることにしました。
「ではこの花酒を二つください」
「かしこまりました。お花は何がよろしいですか?」
「この時期だ。キンモクセイなんてどうだろうか」
「いい香りですよね。ではそちらでご用意します」
お辞儀をし去っていく店員を見ていると、様々な花の中から何かを選び、綺麗にカットしていました。
そしてそれを花柄のグラスに注がれたお酒に添え、持ってきてくれました。
「こちらが花酒でございます。添え花はキンモクセイです。花言葉は謙虚、そして初恋。お召し上がりください」
花柄のグラスかと思いきや、綺麗に押し花がされ、作られている精巧なグラスに入った香りの良いお酒を少し口に含みます。
「この時期に桜か。悪くないものだな」
サツキの言う通りで桜の香りが少しするお酒でした。しかし、添えられているキンモクセイの香りを邪魔せずに見事に調和していました。
その端々までにこだわりを感じ満足することができました。
追加で鮮やかなカンパニュラを注文し飲んでいると徐にサツキが聞いてきます。
「そう言えば先ほどのキンモクセイは初恋という花言葉があるって言っていたな」
「ん? そうだね」
「チェリーは初恋いつなんだ?」
サツキが私にそう聞いてきたので、私は引き攣る顔を押さえるのに苦労しました。
to be continued...
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