覆面作家~冬山つばさの消息 ②
講徳社の建物は少し古い。
昔の昭和を思わせる風情があり、味のある建物だった。
入り口に向かう。受付に行く。
「すいません。文芸編集の方とお話しをしたいのですが」
白鳥は受付の女性に言った。
受付の女性は丁寧に応対する。
「お約束はされていますか?」
「いいえ。別に」
「そうでしたか。少々お待ち頂けますか?あと、失礼ですが、お名前を教えいただけますか?」
「解りました。私は、白鳥探偵事務所の探偵、白鳥優子と申します。今日の用件は、作家の冬山つばささんについてお聞きしたいことがありました」
受付の女性は、白鳥の言葉を丁寧にメモ帳に書いた。
「では、文芸の担当の方にお話ししますので、少々お待ちください」
女性は内線電話を起動させた。
「もしもし?文芸担当の
女性は電話口の相手に向かって言った。
文芸担当の窪塚という人らしい。
白鳥はその様子を見つめた。
女性は白鳥と目が合うと、軽く会釈する。
白鳥はそれを返した。
女性は電話が終わると、白鳥に話し掛ける。
「では、文芸担当の窪塚がこれから来ますので、今しばらくお待ちください」
「はい。すいません」
白鳥は辺りを見渡した。
外装は古いが、中は古くない。
広い廊下は新しく綺麗だった。
大手の出版会社であるからこそ、雰囲気は上品な印象だった。
しばらくすると、文芸担当の窪塚がやってきた。
「白鳥様ですか?」
「そうです。初めまして、白鳥優子と申します」
「初めまして、
窪塚はスーツを着た四十代前半の男性だった。
白鳥は案内されるまま、窪塚と共に会議室に向かう。
会議室は二階にあった。
窪塚は会議室の鍵を開け、空調をいじる。白鳥を中に入れさせた。
「どうぞ。適当に座ってください」
「はい」
白鳥は窪塚に促されて座る。
青いひざ掛け付きの会議室用の椅子に座った。
白鳥が座ると、向かい側に窪塚が座る。
「お茶を持ってこさせますので、少しいいですか?」
「あ。いいです。お気遣いなく」
「そうですか。じゃあ、本題に入ったほうがいいですかね?」
「はい」
窪塚も冬山の情報を欲しがっているようだった。
白鳥は、出版社も冬山の連絡先を知らないのだろうと推測した。
「えっと。私からお話ししてもよいですか?」
「どうぞ。白鳥様からお願い致します」
「個人情報の問題で詳しくは教えられないのですが、冬山さんの行方を知りたいと言う方がいまして」
「ええ。それはどういった内容ですか?」
窪塚は真剣に白鳥を見つめた。
「その方は、冬山さんと同級生だったそうです。先月、冬山さんから手紙が届きました。それについて、冬山さんの行方を知りたいとのことでした。出版社に出向けば行方を知ることが出来ると思い、伺った次第です」
「そうでしたか。個人情報の関係でご住所は教えられないです。しかし、お恥ずかしながら、こちらも先生の自宅は解らないんです」
窪塚は困り果てた様子で、頭を掻く。
「どういうことでしょう」
白鳥は窪塚の言葉が予想外だった。
しかし、それを奇妙にも感じた。
「冬山つばさというペンネームの方が、賞を受賞された際、本名は愚か住所も正確なものは教えてもらえなかったんです。
受賞された際は、そのご住所で間違いなかったんです。が、その後は」
「では、原稿の提出や原稿料のやり取りは?」
「冬山つばさの代理人という形で、違う方がお受けしていました。
勿論のこと、作品のやり取りはメール等々でやっていた部分もあるんです。
ちなみにそのメールアドレスは今、使われていないようです」
「あの。そのお話しを詳しく聞かせて頂けないでしょうか?」
「解りました」
窪塚は白鳥に、冬山つばさと編集部とのやり取りについて詳しく話した。
窪塚の話では、「冬山つばさ」というペンネームの作家が、講徳社主催の推理小説部門で受賞した。
その際の授賞式で、本人は顔を出さなかった。
当時の年齢は二十五歳。
その後、講徳社に出向いてきたのは、冬山つばさの代理人と名乗る男だった。
男の様相は、すらっとした感じで、顔は前髪で覆われていた。
白鳥はどうにもその話が奇妙に感じた。
更には、原稿の提出、原稿料の受け取り等々の管理もその代理人と名乗る男が全部引き受けていた。
白鳥はその代理人の男の正体が、「冬山つばさ」及び、「春山つばさ」の名を使い、
けれど、仮に秋山に怨みがあっても、ストーカー行為よりも酷い嫌がらせがありそうに思えた。
更に、タクシー運転手が教えてくれた冬山の『
覆面作家が男ではなく、女だったという内容。
冬山は人嫌いなのだろうけれど、何かを隠しているのだろうか。
覆面作家~冬山つばさの消息 ② (了)
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