第2話 早川美琴
人の集まる屋内の照明は、他人同士の距離の隙間をその暖かな色で優しくつなげてくれる。
陽の光のように、自分の鎧をはがされないよう立ち向かう緊張感が一ミリもない。
―だから、自分自身をほんのすこし偽っていても、暴かれるかもしれない恐怖と罪悪感に全部を強張らせる必要はなく、どんな、自分であっても、そこにいて、いい―
それを無防備に身体中に浴びていたからだろうか。
思考力が鈍り、ぼうっとしたまま気付けば対して興味のないポストカードを手にとっていた。
そんな自分にぎょっとして、美琴自身が引いた。
(少しぶらぶらしたらすぐ帰るつもりだったのに、、、。)
気づけば30分近くもただ目にする商品を順繰りに眺めて、店から店へとふらふらと泳ぎ歩いていた。
このセントラル駅に組み込まれている商業施設は、対して目的もなく見て、この価格ならとあまり迷わずに購入できる値段設定のものが多くそろえてあった。
美琴が今いる雑貨を中心に取り扱う店も、定職についている人間であれば罪悪感なく買える値段だ。
例えば父親が今日の晩酌にとコンビニで買って来る安い発泡酒とワンコインのおつまみを合わせたような、そんな、日常のご褒美価格。
美琴がそっと引き抜いた紙に描かれていた絵は、とてもシンプルで。
(こどもの落書き?みたい。えっ!?これで250円とか、、、。でも買う人いるんだ、、、。)
これなら自分でも描けそうだ、描かないけれど。
無感動のままその絵をもとに戻した。
この店には文房具やヘアアクセサリーと、一角に『作家コーナー』が設けられていた。
『作家』たちの作ったものは、大量生産の万人受けする目立たずシンプルなものとは違い、どこかいびつで、ひどく狭い範囲の特定の層に支持されている、不安定で永続的でないデザインだった。
(アーティスト、ね。)
瞬間、美琴の血の中に泡立つ炭酸飲料でも混じったかのように、ビリビリと毒が生まれた。
全てを達観したような乾いた自分自身をざわつかせる要素が、本気で憎々しい。
それが虫みたいに矮小な存在であればあるほど、引き裂いて踏みつぶして目の前から消してやりたい気持ちになる。
『己の取るに足るを知る』美琴は、その盲信にぐつぐつと毒を精製し、身体にめぐらせ、侮蔑でゆがむ口元を右手の人差し指で押し隠す。
(万人に知られてないやつがアーティストって何なの。)
一発屋とかって言われて、その後ずっと笑われるぐらいなら大人しくー一般人ーやってりゃいいのに。
この無意味な怒りに数秒使ってしまったという事が、美琴に更なる苛立ちを煽る。
(ああ、いや。思いつきなんて、やっぱりろくなことがない)
自分と交わることもないだろう小さな世界の『作家』に心乱されてるなんて、そんな現在はすぐにでも葬り去ってしまいたかった。
美琴はもうすぐ切れそうなシャーペンの芯とルーズリーフのリフィルを手にとって、この自分らしからぬ小一時間の気の迷いを終わらすためにさっさとレジに向かった。
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ー真黒(しんく)と真白ー かなこ @canaco
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