ー真黒(しんく)と真白ー
かなこ
第1話 プロローグ
電車の扉に額を当てると、ひんやりとした外の世界が染み込んできた。
午後5時、夕方のラッシュ、早川美琴は比較的空いている車両の扉の前に立ち、気だるげに流れる景色をやり過ごしていた。
都内は人が多い。でもそれに、生まれたころから慣らされてきて、人の中で独りになる術を17歳の美琴は知っている。
(このまま何処かにいけるわけでもないし、行こうとも思わないな。)
さらさらの黒髪が小さな顔に沿ってしっとりと張り付く。
特別な美少女ではないが、顔も身体もバランスのとれた、尚且つ小綺麗な自分自身は、それなりの学力と教養を身につければ周りが自然に良いように回っていくことを経験で知っていた。
美琴の今は、この微妙な圧迫の車内のように、ー死ぬほどではないー圧力がいつだってかたわらにたたずんでいた。
そう。
つかずはなれず、絶妙な距離感で。
(死ぬほどのことなんてひとつもないし、きっとこれからだってない。)
その悟り切った今後に安堵よりも軽く絶望しそうになる。
アナウンスが流れて、人の波に押されるままエスカレーターの列へ足を進める。
会社帰りの人たちはみんな、男も女も老いも若きも、綺麗にしているのにまとう空気が濁っているように見える。
それが、美琴の制服の微細な隙間から、滲み染みて浸透していく。
(でも、、、私にはまだ、、、『猶予』がある、、、。)
他者との微細な差を計算して、自分の優を測る。
気がついたらその作業が日常になっていた。
もはや、息を吸うように自己弁護ができる。
それはなんて滑稽で。
平和で。
凡庸だろう。
エスカレーターの終わりに身体が少し揺れ、視界が開けた。
セントラルの駅構内は、異様に華やかでそれでいて妙に友好的だ。
普段なら乗り換えの人の流れに吸い付くように魚さながら泳いでいくのに。
ふとなぜか。
ふらふらと。
いつもは横目で見ていた大きな光を。
早川美琴は浴びに向かった。
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