今夜、地球に隕石が落ちてくるけど、シフト入れる?

伊達ゆうま

今夜、地球に隕石が落ちてくるけど、シフト入れる?

「地球に巨大隕石が接近しています!」

「NASUの見解によりますと、このままいけば、今日夜の9時に太平洋の北マリアナ諸島より北20㎞の地点に落下するとのことです!」

「政府は落ち着いて、冷静に行動するようにと呼びかけています」

「NASUは二機のスペースシャトルを発進させました。スポークスマンによると、隕石を内部から爆破させる計画を行うとのことです!」

「渋谷で暴徒化した若者が暴れ回り、機動隊が鎮圧を行なっています!」

「流通の混乱により、日用品の物価が上昇しています。政府は買い占めは控えるようにと呼びかけています」




騒ぎ立てるテレビを消した。



どうやら、今夜の夜9時に地球に巨大隕石が落下するらしい。

そんな映画みたいな話があるかよと最初は笑っていたが、政府の偉い人たちの慌てぶりを見ると、嘘ではないみたいだ。



俺は窓から外の様子を見た。

人っ子一人いない。

街はゾンビ映画のワンシーンのように静まり返っていた。



机に置いていたスマホが音を立てた。



「はい、田中です」

スマホに出ると、くたびれたオッさんの声が聞こえてきた。

「こんにちは、佐々木です。

田中くん、急で悪いんだけど、夕方からシフト入る事出来ないかな?」


俺がバイトしているコンビニの店長からだった。


俺は少し考えてから返事をした。


「いいっスよ」

「ありがとう!!助かるよ。

じゃあ、夕方の5時から9時までで頼むね」


俺は電話を切った。



今の時刻は、午後1時。

コンビニは徒歩で5分のところにあるから、あと4時間くらいはヒマだ。


どうしようか。


人生最後の余暇になるかもしれないのだ。


溜め込んでいたAVを消化すべきか。

クリア前に放り投げていたゲームをクリアすべきか。

好きな漫画をもう一度、1から読み直すか。


しばらく悩んで、結局好きな映画を観ることにした。

その映画は2時間半で、時間潰しにはちょうどよかった。



その映画は、今の地球の状況とそっくりだった。

地球に隕石が落ちてくる。

それを防ぐために、スペースシャトルを打ち上げて、隕石を内部から爆破させるという映画だった。


俺は何となく、この映画が好きだった。


俺はコーヒーを淹れて、映画を見始めた。





「そろそろか」

時間も頃合いとなったので、俺は外に出た。


もうすぐ冬が来る季節だった。

少し早いが、手袋をつけてドアの鍵を閉めた。



バイト先のコンビニは、徒歩5分のところにある。

ここでバイトをしている理由は近いから。

ただそれだけだった。


「お疲れ様です」

店には店長とパートのおばちゃんが1人いた。

パートのおばちゃんは俺を見るなり、さっさと帰っていった。

「お疲れ様。休みだったのに悪いね」

店長はくたびれた顔で微笑んだ。

「いいっスよ。どうせヒマだったんで」

「そうなの、他のバイトの子たちは、みんな予定があるからって連絡してきたんだ。

さすがに俺1人は大変だったから助かったよ」



正直、他のバイトが普通なのだと俺は思った。

人生最後の一日になるかもしれないのに、バイトする気にはなれないだろう。



「田中くんは、確か1人暮らしだったよね。

ご両親には連絡したの?」

制服に着替えてレジに入った俺に店長が話しかけてきた。

「俺、孤児院育ちなんで、両親の顔知らないんですよ」

「そうか、悪かったね」

「いいっスよ。店長は家族と過ごさなくていいんですか?

今日、商品が来るかも分からないんでしょ。

朝からのシフトでしたよね。

早めに上がったらどうですか?

商品片付けるくらい、俺しときますよ」

俺の言葉に店長は苦笑いをした。


「妻は実家の方に行ってるよ。

お義父さんの体調がよくないから、一緒に過ごしたいって。

娘は彼氏とデートだって」

「娘さん、高校生でしたよね」

「そうだよ。妻ならともかく俺と人生最後の日を過ごすのはイヤだって言われてさ」


これは辛いな。奥さんはともかく、娘は父親より彼氏とったのかよ。

どうせ、高校生の頃の彼氏なんて、大学行ったら別れるだろ。

たった1人の父親大事にしろよ。

こんなショボくれたオッさんでも。


俺は気まずくなった空気を変えるため、話題を切り替えた。


「今朝、飯買おうと思って、あちこち回ったんですけど、どこのコンビニもスーパーも閉まってましたよ」

「そうだろうね〜

物流も混乱しているみたいだし、買い占めもあるし、

なにより従業員が休んでるからね。

ウチは、朝は大谷さん、昼は佐藤さんが入ってくれたから何とかなったけど」

「店長はなんで店閉めないんですか?

いくらFC(フランチャイズ)店とはいえ、こんな状況なら閉めたって文句言われないでしょ」


店長は「う〜ん」と悩んでから笑った。


「だって、どこも閉まってるなら、せめてウチだけでもやってた方がいいでしょ」

「その通りですけど」

俺が言葉を続けようとすると、店の自動ドアが陽気なメロディーと共に開いた。


「「いらっしゃっいませ!!」」


入ってきたのは、腰の曲がったおばあちゃんだった。

手押し車を押して、ゆっくりと店に入ってきた。


「よかった。ここはまだ続けていたのね」

安心したように言ったおばあちゃんに、店長は笑いかけた。


「はい。何をお探しですか?」

「パックご飯とお水をください」

店長は機敏に動き回り、会計を済ませて、手押し車に商品を入れた。


「ありがとうね。また来るわ」


おばあちゃんは、そう言って店から出ていった。


「まだ来る人いるんですね」

俺のつぶやきに店長は頷いた。

「朝からポツポツいたよ。

大抵の人は、ここ1週間で買い溜めしたみたいだけど、さっきみたいなご老人は、一気に大量の物を買えないだろ。

惣菜とかは無理だけど、水とかパックご飯みたいな日持ちする物なら、まだ売ることが出来るからね。

パートの大谷さんと佐藤さんが入ってくれた理由もこれなんだよ。

本当は2人も大切な家族がいる。

それなのに、貴重な時間を割いてシフトに入ってくれた。

それは2人とも、この店を必要としてくれる人がいることを知っていたからなんだ」



俺は急いで帰っていったパートのおばちゃんの顔を思い出した。

世の中の大半の人が彼女と同じだろう。

大切に想う人がいる。

家族や友人のいない俺の方が少数派だろう。



「まぁ、今日みんな無理そうなら、閉めようかとも思ったんだけどね。

大谷さん、佐藤さん、田中くんが入れるって言ってくれたから、ギリギリまで店を開いておくことにしたんだ」

「人生最後の日かもしれないのに、シフトに入る酔狂な人間が3人もいる店なんて、ウチくらいなモンでしょ」


俺の言葉に店長はその通りだと笑った。


「夜勤の太田さんとホンさんが来てくれるかが心配なんだよな〜」


このオッさん、地球に隕石が落ちることより、夜勤バイトが来ないことを恐れてるよ。


「運が良ければ、地球滅亡は避けられるらしいですからね。

そうなったら、夜勤の2人も慌ててくるんじゃないですか?」

「ニュースでやってたね。

隕石を内部から核爆弾で爆破する計画をNASUが始めているって」

「はい、まるで映画みたいっスね」

「ああ、○○マゲドンだろ。

俺も見たよ、最後の主役のオジさんが娘とその婚約者のために自らが起爆スイッチを押すシーンが好きだな」

「俺もそのシーン好きです」

「映画の世界の話だと思ってたのに、まさか現実になるとは思わなかったなぁ」

「店長が主役のオジさんの立場なら、娘の婚約者の代わりに起爆スイッチ押しますか?」


店長は腕を組んで「う〜ん」と唸った。


「俺か彼氏なら、娘は確実に彼氏を選ぶだろうから、俺がスイッチ押した方がいいんだろうけど、そんな決断普通出来ないよね」

「そうですね。自分の犠牲で世界が幸せになるとしても、俺は自分が生き延びる方を選びそうです」


店長は笑った。


「田中くんは正直だね」

「だって自分が大切ですからね。

主役のオジさんは、娘とその婚約者が幸せになってほしいから、起爆スイッチを押しました。

けど、みんながみんな幸せになってほしい存在を持ってるわけじゃないですよ」

「そうだね。けど、田中くんにも、そのうち幸せにしたいと思える人が出来るかもよ」

「イヤないですよ!!

大学でも、単位をギリギリで取るのがいっぱいいっぱいなんですよ!」

「大丈夫だよ。田中くんはしっかりしてるから」


店長はそう言って、箒を取りにバックヤードへと行った。

店先の落ち葉が気になったようだ。


俺は時計を見た。

夜の7時半


地球が滅ぶまで、あと1時間半。


その前に商品を運ぶトラックが来る。


店先を掃除した店長が、いそいそと戻ってきた。

「便が来たよ。

よかったよ。本部には店を開いてるって連絡はしたけど、商品が来るかどうかは分からないって、本部が言ってたからさ」


俺と店長は商品を収納するために、トラックに近付いた。


「お疲れ様です」

「おつかれっス!

センターにも商品はほとんどない状態で、残ってる商品で売れそうなものをあるだけ運んできました!」


トラックの運ちゃんも、地球の滅亡などどこ吹く風というように白い歯を見せて笑った。


「夜間便も来るか、どうかは分からないらしいっス。

ウチも休むヤツだらけで」

「そうでしたか」

「そのせいでこっちにシワ寄せが来るんっスよ!

いやぁ、迷惑な話ですよ」

「隕石が迫ってますからね」

「夜の9時に落ちるらしいっスよ!

そん時は、トラック止めて、一服しときますよ!

それくらいのサボりは許されるでしょ!」

大声で言うだけ言うと、トラックの運ちゃんは荷物を降ろして、去っていった。



それから、俺と店長は2人で商品を棚に入れていった。

それが終わる頃には、もう8時50分になっていた。


「もうすぐ地球に隕石が落ちますね」

俺の言葉に店長が頷く。

「そうだね。

けどもしかしたら、NASUの人たちが上手くやって、地球が救われるかもよ」

「もし、地球が救われたなら、店長はどうしますか?」


店長はタバコの補充をしながら、首を傾げた。


「そうだな。せっかくだし、家族全員で鍋でも食べるよ。

今回の件で、俺はもう少し家族と過ごす時間を増やした方がいいって思ったからね。

もう遅いかもしれないけど」


店長はレジ台を拭いてから、手を叩いた。


「田中くん、9時には少し早いけど上がっていいよ」

「いいんですか」

「うん。今日はありがとね。

ささやかだけど、ボーナス」


店長はそう言って、ホット飲料のコーナーから缶コーヒーを俺にくれた。


「もし、地球が無事なら明日も出勤出来るかな?」

店長は、いつも通りくたびれた顔で聞いてきた。


「いいっスよ」

俺は軽い気持ちで返事をした。


「寒くなってるから、風邪ひかないようにね」

「はい、お疲れ様でした」

俺は店長に挨拶をしてから、店を出た。




腕時計を見ると、夜の8時55分だった。


俺はもらった缶コーヒーを開けた。

一口飲むと、コーヒーの暖かさが体に染み込んだ。

寒い季節に飲む缶コーヒーって、なんでこんなに美味いのだろう。

コーヒーの苦味を口の奥まで味わいながら、しみじみと思った。

俺はコーヒーを飲みながら、夜空を見上げた。





流れ星が降っていた。




それも数えきれないほど。

テレビで流星群は見たことあったが、それとは比べ物にならない。



「すげぇ」

思わず口から言葉が漏れた。

俺はしばらく流れ星を見続けていた。



5分くらい見ていただろうか。

俺はハッとして、スマホでニュースを見ようとしたが、ネットは繋がらなかった。



走って家に帰り、テレビをつけた。



「隕石の爆破に成功しました!!

勇敢な宇宙飛行士により、隕石は割れて、地球を逸れていきました!!

小さな破片が降り注いでいますが、全て大気圏で燃え尽きていますので、被害はありません!!

繰り返します!

地球は救われました!!」


テレビの中でアナウンサーが興奮気味に話していた。


俺は思わず、ヘナヘナと床に座り込んだ。



どうやら地球は助かったらしい。



「なんだよ、騒がせやがって」

俺は大きく息を吐いた。

そして気付いた。




こんな俺でもまだ生きていたかったらしい。




家族や友達がいなくても、大学で留年ギリギリでも、将来やりたい事など何一つなくても、そんな俺でも生きていたいらしかった。


思わず笑った。


外が賑やかになっていた。

どうやら、部屋にこもっていた人たちが、みんな外に出て騒ぎ出したらしい。



俺は晩ご飯の用意をすることにした。

せっかくだし、今夜は豪華にきつねそばを作ることにした。

めでたい時にはそばを食え。

そんなことを昔、誰かから言われた。

誰に言われたかは覚えていないが、俺はめでたい時にそばを食べる。



そばを作ってテーブルに持っていこうとしたら、テーブルの上に、まだもらった缶コーヒーが残っていることに気付いた。


俺はもう冷え切った缶コーヒーを飲み干した。


苦い缶コーヒーは、優しい味がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今夜、地球に隕石が落ちてくるけど、シフト入れる? 伊達ゆうま @arimajun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ