第14話 世界文化遺産として名を馳せる下鴨神社

「“世界文化遺産 賀茂御祖神社かもみおやじんじゃ”かー!」

貴船山から京都市内に戻って来た私と裕美は、次の目的地である下鴨神社を訪れていた。

今の台詞ことばは境内の入口付近に建てられている石碑の文字を、私が読み上げた時の台詞ものである。

賀茂御祖神社かもみおやじんじゃって、下鴨神社の正式名称だよね?」

「左様でございます、東海林しょうじ様。京都は鴨川を中心に町づくりがされており、鴨川の下流に祀られているお社というところから“下鴨さん”とか“下鴨神社”と、親しく呼ばれていますね」

「成程…」

後ろでは、名称について裕美やテンマが話している。

それを聞いた私は、その場で同調していた。私は今回初めて訪れるが、御朱印巡りが趣味の裕美は、下鴨神社を訪れるのは今回で4度目となる。そのため、「下鴨神社ここで戴ける御朱印はほとんど戴いているので、今日は“そのための寄り道”はしない」と、現地に来るまでの間に話してくれていた。

「美沙ちゃん!」

「裕美…どうしたの?」

考え事で少しだけ俯いていた私は、裕美の声で我に返る。

「下鴨神社でお参りが終わったらさ、河合神社も寄ろうか!」

「あ…。そこって確か、“美麗祈願”ができるっていう…」

「そう!”鏡絵馬“!!」

彼女が何を言いたいのかに気が付いた私は、必死で“それ”の名前を思い出そうとしたが、その前に先を越されてしまう。

「あぁ、“なりたい顔になれる”とかで有名な絵馬…。やはり、女性はそういうフォトジェニックなスポットがお好きなのですねぇー…」

すると、話を聞いていたテンマが割り込んでくる。

おそらく、男性であり付喪神である彼にとっては、“女性にとっての楽しみ”はあまり興味がないようだ。

 河合神社の鏡絵馬…。これについては最近、ちょうどテレビで放送されていたのを見ていたから、行ってみたいなとは思っていたんだよね~♪

私は本来の目的を果たした後の方が、いつの間にか楽しみになっていた。


「何はともあれ、下鴨神社へのお参りが先です。…それに、楽しみは後に取っておいた方がよろしいでしょう?」

「そりゃそうね。じゃあ、さっさと行きましょうか!」

咳払いをしながら述べるテンマの提案に、裕美も私も同意する。

そして私達は、境内の表参道にあたる糺の森を歩き始める。

「夏なのに、この森は涼しくて気持ち良いねー!」

「うん…森林浴に来ているみたい…!」

糺の森をゆっくりと歩く中、裕美と私は各々で感想を述べていた。

「では、そのリラックスした状態で宜しいので、下鴨神社ここの話をさせて戴きましょうか」

いつものポーカーフェイスに戻った状態で、テンマが話し出す。

「正式名称・賀茂御祖神社かもみおやじんじゃと呼ばれしこの下鴨神社は、上賀茂神社…正式名称を賀茂別雷神社かもわけいかづちじんじゃと呼ばれる神社と共に世界文化遺産と認定された神社ばしょ。ご祭神が、賀茂建角身命かもたけつのみこと玉依姫命たまよりひめのみこと。ご利益としては、国家安泰や五穀豊穣。他にも、無病息災などがあります」

「玉依姫って、どこかで聞いた事があるような…?」

テンマの解説を聞いているさ中、私は思った事を口にしていた。

私の台詞ことばを聞いたテンマは、横目で私を見下ろしながら、話を続ける。

「何かしらの創作物等で、その名を聞いた事があるかもしれません。玉依姫自身は建角身命たけつのみことの娘という境遇に位置しますが、別途の意味で、神霊を宿す女性。要は、巫女という立場の称を指しますからね」

「へぇー…」

テンマの解説に対し、裕美が感心しながら頷いていた。

「それと、もう一つ…。午前中に行った貴船神社同様、下鴨神社このばしょでも映像を垣間見る可能性は低いでしょう」

「それって…」

テンマが続けざまに話す中で、私はその台詞ことばの先に思い当たる節があった。

私の視線に気が付いたテンマは、首を軽く縦に頷いてから口を開く。

「この下鴨神社では、崇神天皇の七年…つまり紀元前90年に神社の瑞垣の修造が行われたという記録がある事から、それ以前の古い時代ときから祀られていると思われます。そして、近年に糺の森周辺の発掘調査で縄文時代の土器や弥生時代の住居跡がたくさん発掘された事も裏付けされている事から、特定の神や人物の想念が複雑怪奇。故に、美沙様が今の所“場面”を視る事はないはず…」

彼は、少したどたどしい口調で解説をしてくれた。

下鴨神社ここについては、テンマでも解らない事だらけ…って事かしら?」

裕美がそう問いかけると、彼は苦笑いを浮かべながら答える。

「おっしゃる通りです、東海林しょうじ様。この神社はおそらく、わたしが生まれるより以前の時代ときより存在している事は明白…。人間もそうですが、己が産まれるより以前の事は、あまり知らぬものでしょう?」

「うーん…。それは確かに、一理あるわ」

テンマや裕美と話す中で、私は再び同調する。

そして、話ながら歩いていく内に、本殿へと続く桜門ろうもんへと辿りつく事となる。


 糺の森は洗練された雰囲気かんじだったけど…。この辺りは何だか、プラスとマイナスが入り混じっていて、変な雰囲気かんじがするな…

私は桜門ろうもんをデジタルカメラで記念に撮影した後にくぐっていくが、先程まで歩いていた参道と空気が違うような心地を覚えていた。

中に入ると、舞殿や神服殿等が存在し、その奥には本殿へと続く中門が聳え立っている。

「美沙ちゃん…。もしかしてまた、何か感じ取ったの?」

私が神妙な面持ちをしている事に気が付いたのか、裕美が声をかけてくる。

「うん。体調に異常をきたす程ではないけど…。何だか糺の森よりも、この内側の方が変な心地がする…かな」

ひとまず体調が悪化している訳ではないため、私は感じていた事を口にする。

「…成程。おそらく、この地は近年では世界遺産に登録された事も相まって、参拝客が増えた事に起因するかもしれませんね。ましてや、お参りする人間かたがたのほとんどが願い事…つまり、欲望を預けるようなものなので、浄化しようとする力と穢れが混沌のように渦巻いているせいかもしれませんね…」

するとテンマが、周囲にいる参拝者…もとい観光客を見渡しながらそう述べる。

 そっか、河合神社みたいな女性に人気がある場所が近い事もあるから、余計に…

私は、この絶妙な雰囲気を身体で感じる事で、テンマの話が本当である事を悟る。

「じゃあ兎に角、目的を達成してしまいましょう!確か本殿は西本殿と東本殿があるはずだけど…テンマ。どちらをお参りすれば良いのかな?」

“長居は無用”と考えたのか、裕美がスマートフォンに保存している境内案内図を見ながら、テンマに尋ねる。

「どちらでも大丈夫でございます。まぁ、どちらか一方…というおつもりでしたら、ここに記載があるように建角身命たけつのみことが厄除け・開運の神なので、西本殿がよろしいかと…」

裕美からの問いかけに対し、テンマはスマートフォンの画像を横からのぞき見をしながら答える。

後から裕美より聞く事となるが、東本殿は玉依姫を祀っており安産や子育てを司る事から今の自分達には縁がないため、西本殿を勧めたらしい。


「…よし!これで、このページも大丈夫ね…!」

それから数分後―――――――――西本殿にてお参りをした後、光を放つ神社巡りの本を開く。

すると、これまでと同じように下鴨神社ここの写真と紹介文が綺麗に表示されていた。

「さて!河合神社へ参る前に…お二人共、是非とも言社ことしゃにお参りされるとよろしいかと…」

本の状態を見たテンマが、満足そうな笑みを浮かべながら、私達に提案する。

言社ことしゃ…?」

「7つの社があって、十二支を守る神様が祀られているんですって!だから、自分の干支に関する社でお参りするの!」

私が何を指すかわからず首をかしげていると、裕美が指で軽く社を指しながら教えてくれた。

そこには七つの社が存在し、その側にはいくつかの干支が書かれている。そして、その社の前に何人かの参拝者が並んで待っていた。

「美沙様は、何年ですか?」

「私は、卯年うさぎどし…」

テンマに尋ねられたので答えると、卯年が書かれた社が視界に入ってくる。

「私は猪年なので…あっちか!」

場所を確認した裕美は、その社の前で並ぶ参拝者の後ろへ駆け出していく。

 そういえば、再会して以降…干支の話って、した事がなかったな。はじめや健次郎は、干支何だったっけ…?

私も後ろで並んで待つ中、今この場にいない男性陣の顔を思い浮かべていたのである。



「わ…可愛い…!」

「本当にー!!」

言社でお参りを終えた私達は、下鴨神社の境内にある美麗祈願で有名な河合神社を訪れていた。

そして、境内に入ってすぐ目に入ったのが、既に奉納された鏡絵馬。既に見かけた事があるはずだが、可愛い物が元々好きな裕美も、私と同様にテンションが上がっていた。

「そうだ、美沙ちゃん!メイク道具はちゃんと持ってきているよね?」

「うん、忘れてないよ!」

裕美から確認するように訊かれたため、私は即座に答える。

というのも、河合神社ここで授与される鏡絵馬は形が手鏡のようなのもあってそう名付けられたが、奉納する際に自分のメイク道具でなりたい顔になるよう化粧を施す事になっているのだ。勿論、何を使えばいいかの制限はないため、この行為がやはり女性に人気の一つとなっているのだろう。

「あちらで書くのがよろしいかと」

すると、先程まで黙っていたテンマが、ある方向を指さす。

そこでは確かに椅子に腰かけて、鏡絵馬に化粧を施す女性参拝者が何人かいた。


 “自分のなりたい顔”…か…

鏡絵馬を一人一枚ずつ授与された後、椅子に腰かけてから私は考える。

隣では、楽しそうに化粧を施す裕美の姿がある。彼女曰く、下鴨神社は今回が4度目でも、この河合神社は初めて訪れたらしい。なんでも「毎回疲れてお参りする気力が残っていなかったから」だそうだ。

 思えば、下鴨神社ここは貴船神社に比べると、境内かなり広そうだしなぁ…。一人で来ていたら、疲れてしまうのも無理ないか…

私はそんな事を考えながら、チークを手にする。

「…っ…!?」

頬にチークを塗ろうとした途端、眩暈を感じる。

時計回りのように世界が回るような眩暈だったため、私は一旦、チークブラシをその場に置いて頭を抱える。

そして瞳を閉じる事数秒後―――――――――――眩暈が収まったと確信した私は、ゆっくりと閉じた瞼を開く。

「…河合神社ここは、“外見及び内面も綺麗になりたい”という欲望を持つ女共が集いし場所。絵馬に化粧を施す際は”自身の願い事“に集中しないと、他の欲望…悪く言えば穢れに押しつぶされる可能性があるので、是非とも集中を…」

「…っ…!!」

すると背後より突然、耳元にテンマの声が響いてくる。

それは隣にいる裕美にも聴こえないくらいの声であり、それでいて吐息も混じっていたため、私はその場で鳥肌が立つ。

 そういう事は、早めに言いなさいよー!!

私は眩暈の原因が何かを悟り、少し不機嫌になりながらも“自分はこんな顔になりたい。内面も綺麗になりたい”と考えながら絵馬に化粧する事に集中し始める。

また、裕美は自分の鏡絵馬に集中していたのでこのやり取りに気が付く事なく、その場の時間は過ぎていくのであった。



こうして、京都の神社巡り1日目が、これにて終了となる。初日は裕美とほぼ二人の女子旅で楽しかったのは言うまでもないが、場面シーンを視なかった分これまでにない体験を多くしたため、初日の夜はものの数秒で私は眠りについていた。

そうして一夜が明け、2日目以降ははじめや健次郎も加わった、いつもの4人+一柱の体制に戻る事となる。

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