第15話 多くの歴史的人物より信仰された八坂神社

「おはよう、二人共!」

「荷物置かせてもらうぞー」

京都での神社巡り二日目の朝――――――――――――私と裕美が泊まっているホテルの部屋に、健次郎とはじめが尋ねて来る。

「おはよう、二人共。夜行バス、お疲れ様~」

二人を出迎えた私の後ろでは、寝起きでまだ瞳が虚ろな裕美がいた。

私が二人を招き入れると、彼らは壁際に自分の荷物を置いた後、部屋の中にある座椅子に腰掛ける。

現在、朝の6時30分。私もまだ眠気が抜けてなくて頭がぼんやりとしているが、男性陣二人がこんな早朝に私達の部屋を訪れたのには、理由がある。

「おはようございます、岡部様に小川様」

「そうだ。今回使った夜行バスは結構良い席取った訳だから、後で交通費寄越せよ?」

全員が落ち着いた頃を見計らったのか、テンマが姿を現して二人に挨拶する。

するとはじめは、テンマに交通費の請求を言い出していた。

「東京から夜行バス乗るのはかなり久しぶりだったが…うん。良い席だから、寝心地良かったな!」

「それはようございました、お二人共。ところで、お二人はこのホテルでのチェックイン時間は何時でしたっけ?」

健次郎が満足そうに話す中、テンマが会話に入ってくる。

「俺達の部屋は、今日の19時チェックインで予約しているよ」

「そうだったね!じゃあ、それまではここに荷物を置いていくといった具合かしら」

健次郎がテンマの問いに答えると、今度は私もその会話に入り込んでくる。

2日目より参加の男性陣二人は、昨晩の21時頃にバスタ新宿より夜行バスで出発。そして車中泊を経て、今朝の6時前くらいに京都駅八条口にあるバス乗り場に到着後、私や裕美が泊まっているホテルに直行してきたという事だ。また、今日の夜から泊まる二人は同じホテルだが無論別室で、本日のチェックインまで時間がかなりあるため、それまでの間は私達の部屋に大きな荷物を置かせてあげるという事になっている。

「ひとまず、お前ら二人とも行く準備しろよ。俺も健次郎も、トイレだけ済ませたら外出て待っているし…」

その後、はじめが視線を下におろしながら述べる。

私と裕美は彼に言われた事で、自分達がまだパジャマ姿である事を思い出す。

「ごめん、仕度するから待っていて…!!」

はじめが頬を少しだけ赤らめている事から、少し恥ずかしくなってきた私や裕美は、すぐに着替えや出る準備をし始める。

それを、少し苦笑いをしながら健次郎が見守っていたのであった。



私と裕美は、ホテルでの朝食を。はじめや健次郎は、ホテルへ来るまでにコンビニで買ったおにぎり等を食べた後、本日最初の神社――――――――八坂神社を訪れていた。

「まだ朝の8時だからなのでしょうか、割と空いていますね…」

神社の西桜門にたどり着いた際に、テンマが周囲を見渡しながら呟く。

外川とがわ、レンタサイクル屋は何時に予約しているんだ?」

「9時だよ!お店自体は8時30分から営業しているけど、開店してすぐの時間は私達も忙しいし、朝一番で八坂神社ここを終わらせたかったしね!」

健次郎から問いかけられ、私は腕時計の時間を見ながら答える。

「京都の街は碁盤の目のように道路が出来ているから、自転車でも結構回りやすくて楽しいよ♪」

一方で、レンタサイクルを利用した事がある裕美が、得意げに話す。

「運動不足が解消できそうだし、ちょうどいいかもな」

話を聞いていたはじめも、裕美の話に同調していた。

レンタサイクルとは、自転車を一日レンタルできるサービスだ。近年では国内の観光地で増えてきているようだが、この京都は観光名所として人気なだけあり、レンタサイクルできる店は結構多い。そのため、過去に1度だけ使った事があるという裕美の勧めにより、東本願寺付近にあるお店で自転車を借りる事になった。

神社巡りの交通費はテンマ持ちなのでバスや観光タクシーという手もあるが、「たまにはサイクリングをしたい」という健次郎の要望もあり、二日目の本日は自転車で京都市内を巡る事になったのだ。

「では、その自転車予約の時間に間に合わせるためにも、八坂神社ここはチャチャッと終わらせた方が良いですかね!」

話を聞いていたテンマが、いつものポーカーフェイスで私達に促す。

そして、彼の台詞ことばを皮切りに、私達は参道を進み始める。


「でね、昨日は本物の天狗に遭遇しちゃったのよ!」

境内の手水舎で手を清めている際に、裕美が昨日起きた出来事を男性二人に話していた。

私も、鞍馬山で出逢った烏天狗という鼻が尖った天狗に遭遇した事。貴船での川床料理。そして、下鴨神社では洗練された空気と穢れに満ちた感覚を両方味わった事などを、裕美の話に相槌を打ちながら、健次郎やはじめに説明していた。

 はじめってば、テンマの方を睨み付けている…?もしかして、私達の話を聞いて何か思う所があったのかな…?

お清めを終えて濡れた手をハンカチで拭いていると、はじめの視線がどこかそっぽを向いているテンマへ向いていた。

それを見た私は、不意にそんな考えが脳裏を巡ったのである。


「では早速、八坂神社ここの話をさせて戴きましょう」

「よっ!待ってました!」

私や裕美は眠気もあって無表情だったが、テンマの台詞ことばを聞いた健次郎は、場を和ませようとしたのか、今のような台詞ことばを口にしていた。

まんざらでもなさそうだったテンマは、咳払いをしてから話し出す。

「この八坂神社は、主な祭神が素戔嗚尊すさのおのみこと櫛稲田姫くしいなだひめのみこと八柱御子神やはしらのみこがみとなり、厄難退散や病気平癒。開運招福などのご利益があります」

「スサノオって、色んな神社ところで祀られているんだな…」

「流石にもう、スサノオの話はないよね?テンマ??」

テンマが話し出すと、珍しくはじめが最初に反応していた。

それに便乗したのか、裕美もテンマの方を見上げながら問いかける。

「創祀には諸説あるらしいですが…その一説を話させて戴きますと、斉明天皇がまつりごとを行っていた2年目…西暦だと、656年ですかね。高麗より来朝した使節の伊利之いりしが新羅国の牛頭山に座した素戔嗚尊を、山城国愛宕郡八坂郷の地に奉斎したことに始まったそうですよ」

「ふーん…」

テンマは何事もなく、会話を続けていく。

 場合によっては、今回も場面シーンを視る事なく終わるのかな?

私は彼の話を聞きながら、そんな事を考えていた。

一方、考え事をしていた私を一瞥したテンマは、歩きながら再び話し始める。

「慶応4年(=西暦だと1868年)5月30日付の神衹官達によって改称するまで、“感神院”または“祇園社”と呼ばれていた八坂神社。貴船神社ほど古くはないですが、それでもかの地には平安京がかつて存在した事もあり、貴族や多くの武家にも崇敬があつかったそうです」

「武家と“貴族”…?」

テンマの解説を聞いていた健次郎が、首を傾げながら聞いた単語を口にする。

「…っ…!!」

彼の台詞ことばと同時に、私の脳裏には例の場面シーンが映り込んでいた。

 スライドみないな映像が、かなりたくさん…!!

私の脳裏には、数多くの人物や風景が走馬灯のように駆け巡る。

テンマの話によると、“貴族”は藤原氏を指し、藤原基経は、その邸宅を寄進し感神院の精舎としたらしく、道長もたびたび参詣していた。そして、藤原氏全盛時代の中心人物の崇敬は、八坂神社の地位が次第に高まることに結びついたらしい。

その解説の際には、参拝する道長の姿や、邸宅を寄進する基経の姿が映り込んでいた。

そして、テンマが“武家”の説明に入る頃には、多くの歴史的人物が登場していた。

田楽を奉納する平清盛に、狛犬を奉納する源頼朝。足利将軍家は社領の寄進・修造を行う映像シーンもあれば、豊臣秀吉は母・大政所の病気平癒を祈願している姿もある。

一方で焼失していた大塔を再建も行っていたようだ。

 複数の時代の場面シーンが、大量に流れ込んでくる…!

一人一人の密度は広く浅くだったが、それが平安・鎌倉・室町・安土桃山時代と4つの時代分の場面シーンが流れ込んでくるため、私は今にも目が回りそうだった。

「美沙ちゃん…!!」

後ろで裕美の声が聴こえた際には、私はふらついて地面に倒れそうになっていた。

また同時に、テンマが江戸時代に家康が社領を寄進し、家綱は現存する社殿を造営し、数多くの神宝類も寄進した話まで語り終えた後だったのである。

ただ、流石に私の異変に気が付いたらしく、倒れそうな私をテンマが抱き留めていた。

「てめぇ、また…!!」

私が彼の胸の中で俯く中、後ろでははじめがいきり立っているような声が響いてくる。

「…それだけ多くの人間に親しまれ、支えられた神社という事ですよ。それに、彼女は神社巡りを通して果たしたい目的がある…。故に、そんな渦中の彼女に対し、貴方がとやかく言う資格はあるのですか?小川様…」

すると、頭上よりいつものテンマとは思えない低い声が聴こえてくる。

私は彼の胸の中にいたので表情は解らなかったが、実際のテンマはかなり殺気立った表情かおはじめや他の二人を見つめていたのだろう。

 ってか、参拝者が少ないからまだ良いかもだけど、視えない人にとっては変な光景だから、早くどいてー!!

自分の顔がテンマの胸の中に蹲っていて苦しくもあった私は、急いで離すようテンマの背中を強く叩く。

そんな私に気が付いたテンマは、クスッと笑いながら、頭の後ろに回していた右手を離す。

「プハー!」

“やっと息ができる”と思った私は、すぐに友人達みんなの方を振り向く。

「と…兎に角、テンマの解説もこれで終わりっぽいし…。本殿行って、お参りすましちゃいましょう!」

「…ちっ…」

笑顔を浮かべながら、私は皆に対して述べる。

健次郎や裕美は心配そうな表情で私を見つめる中、はじめだけはすぐにそっぽを向いてしまう。それを見た私は、何とも気まずい気分になってしまうのであった。


「さて!目的達成したので、次の目的地へ向かうために使用する、レンタサイクル屋へ向かいましょう!」

「そうね!お店行くには、八坂神社ここの南桜門から行くと良いかんじかも♪」

その後、本殿でお参りを終えた後、テンマや裕美が次の目的地について話していた。

「久しぶりのサイクリング、楽しむぞー!」

また、彼らの近くにいた健次郎も明るい表情でそう述べていた。

一方、私とはじめは、彼らの後ろで少し離れた場所を歩いていたのである。

 八坂神社ここでの目的は達成できたし…。言うなら今かな…?

最初はお互いに黙ったまま歩いていたが、私は「今がチャンス」と思い、閉じていた唇を開く。

はじめ…」

「…なんだよ」

私がはじめの名前を呼ぶと、彼は不機嫌そうな声音で応える。

「さっきは…ありがとう」

「何の事だ?」

私がお礼を口にすると、彼はわざとか本心かは不明だが、とぼけたような台詞ことばを口にする。

その後、ツバを呑み込んだ私はその場で立ち止まり、彼の顔を正面から見つめてから話し出す。

「私の体調を心配して、テンマに対して怒ろうとしてくれた事…かな」

「お前は……」

私の台詞ことばを聞いたはじめは、更に言葉を紡ごうとする――――――――――が、すぐに口をつぐんでしまう。

「いや、やっぱり何でもない」

「ん…わかった…」

はじめが沈黙を破った時、私はこの先に何を言おうとしたかの追及はしなかった。

 かれが言葉をつぐむ際は、何か考えあっての事か…もしくは、まだ言うべきでないと判断した時が多いから、今はこれ以上訊かない方がいいよね…

私は、彼の癖や特徴をある程度知っていたため、すぐに納得したような台詞ことばを口にしたのであった。

「じゃあ、本当にありがとう!早く行かないと、裕美達を見失っちゃうから走ろうか!」

私は、この台詞ことばを皮切りに、今の話題を終わらせる。

「あぁ、行くか」

私が小走りで裕美達の元へ向かう中、はじめは少し大幅な早歩きで歩き始める。

「テンマの野郎…美沙あいつの身にもしもの事があったら、ただじゃおかねぇ…!」

早歩きをする中、はじめは小声でボソッと呟く。

その台詞ことばを私や裕美達は聴こえていなかったが、テンマだけがこの後に一瞬だけ、不気味な笑みを放つのであった。

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