第13話 烏天狗と貴船の川床料理

「お主たちをこの場に連れてきたのは、少し話を聞きたくてな」

初めて会ったその天狗は、私達に告げる。

鞍馬山を登山中、謎の声が聴こえた後に意識を失った訳だが、“この存在”は、自分がこの鞍馬山に棲む烏天狗である事を教えてくれた。

「天狗って、赤い肌に細長い鼻のイメージが強かったから…。何だか、思っていたのと違うな…」

すると、話を聞いた裕美が思った事を口にしていた。

また、”私達二人“に対しては、危害を加えるつもりはないとも説明してくれたため、私も裕美も安堵して話を聞く事ができたのである。

「ひとまず、我の事は良しとして、本題に入ろうかの…」

「!」

一呼吸を置いた烏天狗――――――僧正坊という名を持つ彼が話し出すと、周囲の空気が変わったような感覚に陥る。

「娘よ。お主、妙な魔導書を持っておるな?」

「“魔導書”…?」

僧正坊は持っていた錫杖で私を指しながら、真剣な面持ちで告げる。

 そんな本、持っているはずないけど、もしかして…

言い方が妙だったが、”普通の本ではない書物“といえば、一つしか思い当たる物はない。

そう考えた私は、リュックの中から神社巡りの本を取り出す。

「それは…」

取り出した神社巡りの本を目にした途端、僧正坊は目を凝らして見つめていた。

一方で裕美は、そんな私達のやり取りを真剣な眼差しで見守っていたのである。

「娘よ、その本を我に触らせてもらえるか…?」

「え…?あ、はい…」

烏天狗に促された私は、“どうしたのだろう”と考えながら、本を差し出す。

「ぬっ…!!」

「あっ…!?」

しかし、僧正坊が本に触れた途端、何かバイブレーションのような振動を一瞬感じる。

私はそこに痛みはなかったが、僧正坊は少し痛みを感じたような表情かおをしていた。

「一瞬…火花みたいな物が見えたような…?」

それを間近で見ていた裕美は、今目にした現象を口にする。

そして、互いの手を離れた神社巡りの本は、地面に落ちていた。


「…おそらく、破壊しようとした意識が、本に伝わったのかもしれませんね」

「テンマ…!!」

すると、一人の青年―――――――――――――テンマが、地面に落ちた本を拾い上げる。

彼の姿を確認した私と裕美はほぼ同時に声をあげるが、彼が本を拾い上げた時に口にした台詞ことばが小声で最後まで聞き取る事ができなかった。

「テンマ…。今までどこに…?」

ひとまず私は、彼がどうやってこの場所にたどり着いたのかを確認することにした。

すると、クスッと笑みを浮かべながらテンマは口を開く。

「…天狗殿。このように、“山神が住まう側”に彼女達を連れ込まないで戴けますかな?実際、ここまでたどり着くのに少し手間暇かかりましたし…」

その大きな背中越しに、彼の声が響く。

この時、私の目の前にいたので表情はわからなかったが、彼の表情はどこか殺気を帯びていた。

「貴様………何者だ」

テンマの台詞ことばを聞いた僧正坊は、少し間を置いてから次の単語ことばを口にする。

「いやいや、わたしはこの本に宿る、ただの付喪神でございますよ。僧正坊殿」

「ほう…どうやら、我の名は知っておったようじゃな」

テンマの台詞ことばに対し、僧正坊は少し不気味ともいえる笑みをしながら少し嫌味っぽい口調で告げる。

 …何だか、あまり穏やかな雰囲気ではなさそう…?

私は、彼らのやり取りを見守りながら、あまり良い雰囲気ではないように感じていた。

「えっと…。僧正坊様…は、彼女が持っている本が如何なる物かを確認したくて、私達をここへ連れ出したって事で良いんですよね…?」

すると、黙っていた裕美が、恐る恐る彼らの間に入って話し出す。

この時、天狗と付喪神の視線が一気に裕美へ集中する事で、彼女は少し身体を震わせていた。

しかし、何を思ったのかはわからないが、大きく溜息をついた僧正坊は口を開く。

「…平たく言えば、そういう事だな。いつものように観光登山をしている人間共の中に…妙な気配を感じておったのでな。鞍馬山このやまに災いをもたらす物かを、確認したかった訳じゃが…」

そう語る僧正坊の視線は、自然とテンマの方に向いていた。

「ひとまず、大きな災厄ではないという判断を下そう。じゃが、お主は特にこの鞍馬より早々に立ち去ってもらおうかの」

「本は大丈夫でも、テンマに何かあると…?」

烏天狗の台詞ことばを聞いた私は、思っていた事を口にする。

この時私の視線は僧正坊に向いていたが、テンマが物凄く鋭い視線で私を見つめていた。

「…我ら天狗は“神”の部類ではあるが、人間が口にする“妖”といえる部分もある。故に、他の妖怪と相まみえた際、相性の良い者と悪い者がいる。…そのテンマとやらは、我にとっては後者と思ってくれればよい」

僧正坊はため息交じりでそう説明し、一方のテンマはクスッと笑っていたのである。

「さて、美沙様。東海林しょうじ様。天狗殿の用事は終わったようなので、そろそろお暇いたしましょう」

「もちろんそうするけど、先程いた場所まではどうやって戻ればいいの?」

テンマの台詞ことばに対して裕美が尋ねている中、私は同調するように隣で頭を縦に頷いていた。

「それはもう、僧正坊様のお力で…ねぇ?」

「…そうだな。貴様のような輩が共にいるのは気に食わんが、“入口と出口”は我にしか解らぬ。そうだ、お詫びと言ってはなんだが…良ければ、希望する地まで運んでやっても良いが…どうかな?」

僧正坊はテンマの嫌味っぽい口調をものともせず、私と裕美に“どこまで連れて行ってほしいか”と尋ねてくる。

私と裕美はお互いに顔を見合わせるが、すぐに答えは決まっていた。

「ありがとうございます、僧正坊様。私達、この後は隣にある貴船神社へ行く予定で、先程の場所からもそうと遠くないため、最初の場所まで連れて行って頂ければ大丈夫です!」

「…欲のない娘達じゃな」

元気そうな笑みを浮かべながら返したため、僧正坊の表情も少しだけ和らいでいたのを垣間見たのである。


「わお、一瞬…!」

それから数分後――――――――――気が付くと私達は、最初に通過していた鞍馬寺の木の根道付近に立っていた。

周囲を見渡すと観光登山客が普通に存在し、私達が一瞬で現れたのを気が付いた人は誰一人としていないようだ。

「時間としては…10分ちょいしか経っていないようね」

「そうだね、美沙ちゃん!このくらいの時間差ならば、貴船神社行った後の“目的地”もギリギリ間に合いそう!」

先程まで起きていた出来事を思い返しながら、私と裕美は互いに向き合って語っていた。

「いずれにせよ、遅れた時間を穴埋めするためにも、少し足早に鞍馬山ここを下山し、貴船神社もくてきちへ向かいましょう」

「うん、そうだね」

テンマの台詞ことばを皮切りに、私達は再び歩き始める。

木の根道を過ぎた後は、鞍馬山から登山してきた人にとっては“下山”に辺り、貴船山から登ってくる人にとっては“登山”経路となる僧正ガ谷と呼ばれる場所を下っていく。

途中で義経堂や魔王殿等を通ったが、テンマはほとんど無言のまま進んで行くため、私達もそれに合わせて動く。

「テンマってば、義経堂や不動堂には一瞥もくれなかったけど、魔王殿だけちゃんと正面から見ていたよね。…どうしたんだろう?」

「ね…。何だか、僧正坊と会ってから変よね…」

歩いているさ中、裕美がテンマには聞こえないくらいの小声で話しかけてくる。

私も彼の様子がおかしいと感じていたので、その話に同調していた。

一方、鞍馬山に生えている木々の頂上に近い場所の枝にて、僧正坊は飛びながら私達を見下ろしていた。

「あの男、付喪神と申していたが…。あの禍々しい妖力ちからから視るに、その理は誠なのか…?」

僧正坊は独りそう呟いた後、翼を羽ばたかせて一瞬の内に姿を消す。

無論、彼が述べた台詞ことばを、私達が直接耳にする事はなかった。



「あー、美味しい♪」

「周りも五月蠅すぎず、かつ涼しくて良いよね♪」

その後、貴船神社でのお参りを済ませた私達は、神社付近にある料亭で川床料理を堪能していた。

あれから目的地である貴船神社へ到達した私達はお参りをし、本にも無事に写真と説明文が表示されたのを確認後、お昼ご飯にありついたという具合だ。

 それにしても…。何かしらの映像シーンを視るかと思っていたら、今回なかったのは、何だか珍しい…

私は、目の前にある素麺を頬張りながら、神社での事を思い返していた。

テンマの話によると、貴船神社の起源は最低でも1300年前くらいに存在したと云われているため、特定の神や人物の“思念”といったものすら存在せず境内に満ちる力も複雑怪奇なため、今回は映像シーンが出てこなかったのだろうと話していた。

「それにしても、費用がわたし持ちとはいえ、今回は結構なお値段ですね…」

私と裕美が食べている中、領収書を見たテンマが苦笑いを浮かべる。

「まぁ、一番高いメニューにしなかっただけでも、良しとしといて♪」

彼の台詞ことばを聞いた裕美が、お造りやお吸い物を頬張りながら得意げに話す。

今回、川床料理の話を持ち出したのもやはり裕美が発端で、“夏の京都に行ったら必ずしたい事”の一つに入っていたらしい。

川床料理とは、貴船ここの場合は山の上流から流れる貴船川の清流の上にお座敷等をかまえ、清流の涼しさの中で戴く料理を指す。京都市内だと、この貴船川と鴨川沿いにこういった川床料理を食べられる店が多い。

「5月~9月末までだっけ?こういう季節及び期間限定…となると、やはり行ってみたくなる観光客ひとたちも多いでしょうね!」

私はご飯茶碗を片手に周囲を見渡しながら、二人に向けて告げる。

周りには、地元の人というよりはやはり観光客と思しき客が、大多数を占めていたからだ。

「…わたしが知りうる限りでは、京都は盆地で夏は暑い…そうなので、この場所だと確かに涼しくはありますね」

テンマは相変わらず不機嫌そうだったが、“涼しい”という台詞ことば辺りは本心を口にしているようだった。

私達も食事の前に体感したが、テンマは話しながらお座敷の下に流れる清流に少しだけ手で触れていた。彼がどう感じたかは定かではないが、私達が触れた際は冷たくて気持ちよかった感触が、今でも指先に残っている。

因みに、今回私達が食べている川床料理はコース料理になっていて、季節の前菜や煮物。鮎の塩焼きや酢の物等、このお店での価格としてはちょうど真ん中辺りに該当するコース料理だ。最も、お昼ご飯で一人当たり1万円も出す人は早々いないだろうから、今回は本当にテンマ様々なのである。

「さて!お昼ご飯を食べ終わりましたら、次の目的地・下鴨神社へ向かいましょうか!」

私達が美味しそうに食べているのを眺めながら、テンマはいつものポーカーフェイスで告げる。

 僧正坊と会った時と後で機嫌が悪そうだった理由は…。今はまだ、訊かない方が良いよね…

私は、今日の予定がまだ続くという事もあり、テンマの態度変動に対する言及は、今の所は止めておこうと心に決めたのであった。

そして川床料理を堪能した後、私達は次の目的地へ向かう事となる。

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