第5話 御祭神・須佐之男に纏わる神話

 「ここは…」

その場にたどり着いた私達の前には、御神殿とはまた別の社が存在していた。

「“小舟町八雲神社。御祭神・建速須佐之男命たけはやの須佐之男おのみこと”…」

すると、はじめがすぐ側に立っている看板の文字を読み上げる。

看板の目の前には鳥居があり、その奥でも更に“八雲神社”の文字が見えていた。

「さて、テンマ。先程言っていた、“御祭神についての語り”をやってもらえるのかしら?」

私は、少し小馬鹿にするような口調で、付喪神を見上げる。

テンマは私の顔を一瞥した後、はじめや健次郎に視線を向ける。

「畏まりました。では、始めに…。皆さんは、建速須佐之男命たけはやの須佐之男おのみことをどこまでご存知ですか?」

テンマの問いかけに対し、私達は瞳を数回瞬きする。

「確か、須佐之男って…。姉の天照大御神によって、天界から追放されたんだっけ?」

「で、随分卑怯…というか、強かややり方で八岐大蛇を退治したとかだったような…」

「成程。解釈の仕方が少し面白いですが、おおよそは知っていると見て良さそうですね」

男二人が顔を見合わせながら答えるのに対し、テンマは満足そうな笑みを浮かべた。

「では、その須佐之男が天界から追放された後の話をさせて戴きます」

「…っ…!!?」

彼の台詞ことばがこの場に響いた後、起きた現象に対して私は驚く。

それは、鳥居より奥にて、河の近くを歩く男性の後姿が映画のスクリーンのように映し出されたからだ。

「これ…は…!?」

外川とがわ…!!?」

私の異変に気が付いたのか、はじめの声が隣で響いてくる。

「今、美沙様の脳裏には、河の近くを歩く男性の後姿が映っているかと思います。これは、この神社境内にある御祭神の霊力と、美沙様の霊力が交わり、そこで更にわたしの力を以って映画のような映像を映し出している…という状態です」

私の異変に対し、テンマは落ち着いた口調で語る。

「それって…。俺達も見せてもらう事ができねぇのか!?」

「残念ながら、“これ”につきましては、本の持ち主にでしか行使されない現象ものとなりますので…。ただし…」

「ただし?」

テンマの説明に対し、健次郎が食い気味に問いかける。

「わたしがこの後、須佐之男の神話について語りますので、そこから美沙様がご覧になっている映像の想像をしていてください」

「……仕方ねぇ」

テンマの説明によって、“自分達は映像を見られない”と悟ったはじめは、ため息交じりで同意したのである。


「さて、話は本題へと戻りましょう。出雲国の、肥の河(現在の斐伊川)上流の鳥髪とりかみ(現在の奥出雲町鳥上)にくだってきました」

テンマによるこの台詞ことばを皮切りに、私の中に見える映像が時を進み始める。

箸が河で流れてくるのを見かけた須佐之男は、その後に老夫婦と若い娘に出逢う。

「何故、泣いておるのか?」

須佐之男が問いかけると、翁―――――足名椎あしなづちは、こう答える。

「わたしには八人の娘がおりましたが、八岐大蛇なる大蛇が毎年現れ、娘を一人ずつ贄として喰うてしまいました。今年も彼奴が来る歳故に、悲しくて泣いておったのです」

そのやり取りはまるで、私の目の前で今起こっているかのように見えた。

そして、妻の手名椎てなづちと娘の櫛名田比賣くしなだひめが、ただ悲しそうに泣いていたのである。その雰囲気が本当に悲しそうで、自分の胸が張り裂けそうな感覚を一瞬だけ覚えていた。

「そうして須佐之男は、“大蛇を退治してやるから、その娘をわたしの妻にくれないか”という話を持ち掛け、それを老夫婦は承諾し、彼は八岐大蛇を退治するためにと二人にある命令を下します」

テンマのこの台詞ことばを皮切りに、脳裏に映し出される風景が一気に変わっていったのである。

一方で、はじめや健次郎が黙ったまま話を聞いていた。また、この時私は気が付かなかったが、御朱印帳に神田神社ここの御朱印をもらい終えた裕美が、小走りでこちらへ向かってきていたのである。


場面が変わり、老夫婦が住む家の中ではなく、外のとある場所に画面が切り替わる。そこには、八つの垣根と門が存在し、門ごとに八つの桟敷さじきがあり、その桟敷さじきごとに酒船が置かれていた。

須佐之男は足名椎あしなづち手名椎てなづちに対し、その場で八鹽折やしほおりの強い酒を造り、それを盛って待つよう命じていたのである。

一方、生け贄として狙われている櫛名田比賣くしなだひめは、須佐之男が櫛に変えて自分の角髪みずらに刺していた。

そうして彼らは、八岐大蛇が現れるのを待つこととなる。

 あれが…!!

テンマによる語りが続く中、私は脳裏に映し出される姿を見て、少しだけ恐怖を感じていた。

現れた八岐大蛇は、「赤加賀知あかかがち(=酸漿)のように真っ赤で、一つの身に八つの頭と八つの尾があり、体にはこけひのきすぎが生え、その長さは八つの峡谷と八つの尾根に渡る。その腹は、いつも血でただれている」と足名椎あしなづちが説明した通り、今にも目にした獲物ものを丸呑みしてしまうような恐ろしさと圧力プレッシャーのようなものを感じられそうだった。大蛇は地を這って移動しているだけだったが、その時響く音が、まるで地震と錯覚してしまいそうな迫力さを醸し出している。

当の八岐大蛇はお酒の存在にすぐ気が付き、八つの頭を酒船ごとに垂らし入れて酒を飲み始める。その豪快な飲みっぷりを、岩陰に隠れた須佐之男や老夫婦が見守る。

 おおよその展開は一応知っているけど…こんな再現ドラマのような映像ものを見せられたら、知っていても緊張するなぁ…

私は、八岐大蛇が酒を飲み干している間、そんな事を考えていた。

数分後―――――――――酒を飲み干した八岐大蛇は、強い酒に酔いが回ったようで、死んだように床に伏して寝てしまったのである。

「…よし、寝おったな」

眠りについた大蛇を確認した須佐之男は、岩陰から飛び出して近づいていく。

「…っ…!!」

この後、須佐之男が自身の持つ十拳剣とつかのつるぎを抜いて大蛇を斬る訳だが、“そこはグロイだろう”と思った私は、思わず瞳を閉じる。

私が瞳を閉じている間、そこから流れる血は、血の河に変わって流れ下りていく。

その後、須佐之男が八岐大蛇の尾を斬った際、十拳剣とつかのつるぎの刃が欠けてしまう。

「何故、刃が欠けたのだ…?」

不思議に思った須佐之男が刀で刺し割って見ると、大蛇の尾の中より一本の大刀が姿を現す。


「そうして大蛇を退治した須佐之男は、その大刀を姉の天照大御神に献上しました。この大刀が、あの有名な草那藝之大刀くさなぎのたち…またの名を、天叢雲剣あまのむらくものつるぎと呼ばれる代物です」

テンマがこう語った後、私の脳裏に浮かんだ映像が消えた。

「美沙ちゃん、大丈夫…!?」

「裕美…」

映像が消えた後、私は少しふらついて頭を抑えていた。

それを、心配そうな表情かおをした裕美が私の名前を呼ぶ。

「この平成の世では”VR“なる技術があると聞きますが、そういった立体映像を長く見た場合に見られる兆候…ですかね」

頭を抑えながら視線をあげると、指を口に当てて話すテンマの姿があった。

「途中から聞いていたけど…。美沙ちゃんにしか、視えない映像ものなんだってね」

裕美は、私に告げるように話しながら、テンマを横目で見る。

「そんで、これで“語り”とやらは、終了か?」

健次郎が、テンマに問いかける。

「…えぇ、ほぼ終了です。あとは最後に、ちょっとした補足です」

テンマは健次郎からの問いかけに気が付くと、いつものポーカーフェイスの状態に戻っていた。

そうしてテンマは、小舟町八雲神社の説明が書かれた看板に手を添えながら口を開く。

「この看板にも書かれている通り、小舟町八雲神社ここが神田神社と共に移動された当時、天王祭という祭が催されておりました。そちらにて、須佐之男と稲田姫の造り物や八岐大蛇の行灯等をたて、神輿の神幸を待っていたそうです」

「だから今回、須佐之男・八岐大蛇・櫛名田比賣くしなだひめが出てくる神話の話をしたという事ね?」

「おっしゃる通りです、美沙様」

テンマが語る中で私が間に入ると、彼は満足そうな笑みを浮かべていた。

これが好きな男性ひととのやりとりだったら嬉しいのかもしれないが、いくらか疑心を持っている付喪神かれの場合、そんな気持ちは微塵も湧かなかったのである。



「さて…。今度こそ、やる事終了かな?俺は、商売繁盛のお守りを買ってから職場みせに向かうけど…お前らはどうする?」

ストレッチをするように身体を伸ばしながら、健次郎がこの後の事を私達に尋ねる。

「あ!私、秋葉原に行った事ないから、せっかくなので寄り道したいなぁ!」

「いいね、それ!」

裕美が自分も考えていた事を口にしてくれたので、私もそれに同調する。

「俺は…。俺も秋葉原から帰るが、寄り道はいいや。せっかくだし、お前ら二人で行ってくれば?」

一方ではじめは特に寄る気はなく、秋葉原から電車で帰ると言い出す。

最も、健次郎が仕事で抜けてしまうため、男一人になるのが気まずいという事もあるのだろう。逆に健次郎が一人残った場合、彼は“そういう事”はほとんど気にしない性格たちのため、気にせず一緒に遊んでいただろう。

 あと、はじめはかなりテンマの事疑っているだろうから…。一緒にはいたくないのかもね…

そう考えた私は、彼の方を向いて口を開く。

「うん!せっかくだから、そうさせてもらうわ」

少しだけ笑みを浮かべながら、私は男性陣に向かって述べる。

「では、美沙様。わたし、“メイドカフェ”なるものを知ってはいますが、行った事ないので、是非連れて行って頂けませんか?」

「はい…!!?」

「あ。そこって確か、女の子が行くと“おかえりなさいませ、お嬢様”って言ってくれる所だよね?」

テンマが変な提案をしてきた事で私は驚く一方、何故か裕美が話に食いついていた。

「だが、お前らみたいな一見さんはお断り…って事なんだろ?」

そこに、今度ははじめが会話に入ってくる。

「小川…。お前、まさか…」

それを聞いた健次郎が、少し意地悪そうな笑みを浮かべながら、彼を見つめる。

「違っ…聞いたんだよ、メイドカフェに常連で通っているっている会社の同僚から!!」

“メイドカフェの常連客”と勘違いされかけたはじめは、頬を赤らめながら会社の同僚の名前を口にする。

 今の台詞ことばが本当かはさておき…。いずれにせよ、年頃の女子にとってメイドカフェは大して面白み感じない可能性高いし、ちょっとやめとこ…

私は、彼らのやり取りを見守りながら、そんな事を考えていたのである。


その後、健次郎は頼まれていた商売繁盛のお守りを購入し、それを見届けた私達は彼と別れる。秋葉原に到達した後ははじめとも別れ、女子二人だけの時間を堪能していたのであった。

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