第一章 「神田明神」として親しまれる神田神社

第4話 神社へお参りする時のルール

「ここが、神田神社…!」

その場にたどり着いた時、私は思わずそう口にしていた。

四月下旬の某日―――――私は学生時代の友人である3人と共に、神社巡りを開始していた。本来、土曜日である今日だと焼き肉屋で料理人である健次郎は参加が厳しいはずだったが、ある事を条件に夕方の出勤ができるようになったらしい。

「店長に、“近々神田神社に行く”と少し話したら、“商売繁盛のお守りを買ってこい”って言われたんだ」

健次郎は、今日参加できた理由を、そう語る。

「それは、よいかと存じます。神田神社…別名・神田明神と呼ばれるこの神社は、良縁成就や商売繁盛。あとは、厄難退散などの御利益があるそうですよ」

健次郎の話を聞いていたテンマが、感心しながら語る。

「…“現地に来れば、その神社の事を思い出す”…って言っていたのは、こういう事?」

「はい、美沙様。仰る通りですよ」

私が話の中に割って入ると、テンマは得意げそうな口調で応える。

テンマ曰く、写真と説明文が抜けてしまっている神社に対し、その現地へたどり着くとその神社の情報等を思い出す事ができるらしい。自分が付喪神だからと本人は言っていたが、それが真実かどうかはひとまず置いておくことにした。

「ひとまず、手水舎でお清めをやりましょう!あっち側にあるみたいだし…!」

頃合いを見計らったのか、裕美が私達に声をかける。

その後ろでは、はじめが同調するように首を縦に頷いていた。


 えっと、左手のあとに右手。それから…

「ちょっと、はじめ君!最後に柄杓の柄を清めなきゃダメでしょ!!」

私が手水舎で清める順番を思い出しながら実施していると、横で裕美の声が聞こえてくる。

「水が足りなかったんだし、別によくねぇか?」

「もー!!」

はじめが珍しく面を食らったような表情かおをする中、裕美は少し不機嫌そうに頬を膨らませていた。

「まぁ、神社へのお参りが少ない者は、少なからず作法を覚えていない者が多いでしょう。その分、東海林しょうじ様は慣れた様子ですね?」

「そりゃあ、御朱印集めが趣味だもの。神社での作法は、一通り覚えているわ!」

「成程…」

横でテンマが感心する中、裕美は自信たっぷりの口調で述べる。

今のうちに…

私は、裕美がテンマと話している間に、自分の左手・右手・口・柄杓の清めを終わらせた。ただし、はじめと同様で最後の柄杓を清める工程の時に水がほぼない状態だったため、こっそり水を足してから行ったのである。

ただし当然、本来は一すくいの水でお清めはやる事になっているため、私がとった方法も正しい訳ではない。

 今後も、裕美による指導が入りそうだ…

私は、少しげんなりしながら、使い終えた柄杓を元の場所に戻したのである。


朱色で総檜造そうひのきづくりをした随神門を抜けた先に、権現造の御神殿が鎮座している。

「拝殿とされる御神殿は、かつて東京を襲った大空襲にも耐え抜いたと云われているそうですよ」

「へぇぇ…。それは、すげぇな…!」

テンマの解説に対し、健次郎が素直に感心していた。

「じゃあ、本来の目的であるお参りを先にしちゃいましょう!皆、二礼二拍手一礼だからね!」

「おい、東海林しょうじ。何故、俺の方を見る?」

裕美がお参りを促す台詞ことばを言いながら、気が付けばはじめを横目で見ていたのである。

それに気が付いたはじめは、少しげんなりしたような表情をしていた。

「俺とて、二礼二拍手一礼くらいは知っているさ!それより、外川とがわだけが参拝するのも違和感あるし、俺らも一応やっていこうぜ!」

「…だな!」

「そうね!」

その後、はじめが口にした提案に対し、健次郎と裕美が同意したのである。

手提げ鞄を肩にかけている私は、拝殿の階段を一歩一歩と駆けあがる。今までは正月の初詣くらいでしかお参りをした事がないのに加え、今後は“直美の死の真相を知るために”という大きな目的もある。そのため、私は少しだけ緊張していた。無論、鞄の中には例の本が存在し、右手にはお賽銭が握られている。

 いつも、見守って戴いてありがとうございます。どうか、今の私に前を進む力を与えてください…!

私は、お賽銭を入れて2回柏手かしわでを打ち、手を合わせたまま日頃の感謝と共に願い事を伝える。

「鞄が…!?」

私が参拝を終えた直後、異変に気が付いた裕美の声が聞こえてくる。

そして、私自身は特に感じていなかったが、健次郎やはじめも異変に気が付いていたようだ。

「まずは、皆さんのお参りを終わらせてしまいましょう。我々の後にいる参拝客もおりますし…」

すると、待っていたかのようにテンマが小声で3人に耳打ちする。

それを聞いた裕美達は、揃って首を縦に頷いたのである。


全員の参拝を終えた後、私達は境内図の管板がある明神会館の側へ移動していた。

「なぁ、外川とがわ。例の本、開けてみてもらってもいいか?」

「う、うん…」

健次郎に促された私は、鞄に締まっていた神社巡りの本を取り出す。

「あ…」

私が本を取り出すと、本は淡い水色のような光を発していた。

その光も次第に弱くなり、最終的には消えてしまう。

「…美沙様。神田神社ここのページをご覧になってみてください」

すると、黙っていたテンマが落ち着いた口調でそう述べる。

「あ…」

「写真と文が…!」

私は、言われるがままに神田神社のページを開くと、テンマ以外の全員が目を丸くして驚く。

神田神社ここへ来る前は確かに、神社名しか載っていなかったが、今は御神殿や随神門の写真及び、神社に関する説明文が記載されていたのだ。

「…どうやら、付喪神こいつの言う事は、嘘ではなかったようだな」

全員が驚く中、テンマを指さしながら、はじめがそう口にする。

 かれは結構、私達が思っているような事を口にしてくれるから、有難いようなそうでないような…

自分の心情が読まれたようで少し複雑な気持ちではあったが、素直に言いたい事を言えるはじめに対し、私は少し羨ましくも感じていた。

「あと、お三方へ補足しますと…。我が主の美沙様が参拝しているさ中、何か空気が変わったような感覚はしませんでしたか?」

「言われてみれば、確かに…」

テンマははじめの少し嫌味っぽい発言を完全に流しながら、別の話題を持ちかける。

それに同調をしたのは、裕美だった。

「わたしも目にするのはまだ2人目ですが、おそらく…美沙様の内にある霊力が、この神田明神にたまっている穢れに触れ、浄化した瞬間の現象に該当するかと思います」

「え…外川とがわって、霊能力あったのか!?」

テンマの説明を聞いた健次郎が、目を丸くして驚いていた。

「人は誰しもが、微量なれど霊力を持つと聞きます。ただし、その霊力も、どうやら相性とやらあるらしく…。まぁ、わたしは術師ではないので詳しくはないですが、美沙様の霊力はおそらく、今回の任務においては最適だという事でしょう」

「私は特に何も感じなかったけど…」

当の私は、皆が驚いている理由がわかったのはよかったが、自覚がないために少し遅れている気分であった。


「さて!これで、今日の最優先事項は終了かな?」

「あ!そしたらさ、御朱印もらいに行ってもいいかな??」

私が本をしまいながらそう口にすると、裕美が真っ先に次やる事を提示してくる。

気が付くと、裕美の右手には方位盤が描かれた御朱印帳が握られていた。

東海林しょうじが今持っているやつ…。それが、今流行っているとか云われている“御朱印帳”か?」

すると、健次郎が裕美の持つ御朱印帳をまじまじと見ながら、問いかける。

「うん、そうだよ!この御朱印帳は、去年…だったかな?友達と神奈川にある寒川神社でお参りをした時に買ったんだ♪」

それに対し、裕美は嬉しそうな笑みを浮かべながら答える。

「ふーん…」

話を聞いていた私は、初めて実物を目にする裕美の御朱印帳を手に取る。

黒を基調としてその御朱印帳は、先程見かけた方位盤の他にも、星が散りばめられていたり、変わった銅像のような物も映り込んでいる。

「ほぉ…。それは確か、古代中国の天体観測器である渾天儀こんてんぎですかね…」

すると、隣にいたテンマが、横から御朱印帳を眺めながら呟く。

 テンマってば、人の心情を見抜く力でもあるのだろうか…

いきなり至近距離で覗き込まれたのも驚きだが、私が「これは何だろう?」と考えているのを見透かされたようで、そちらの方が驚きの度合いが大きい。

そして、御朱印を戴くのも少し時間がかかるため、裕美は一旦私達と別れ、テンマが指定した場所で再び合流する事となった。

「ところで、テンマ。その場所を指定した理由は?」

裕美は小走りで去っていった後、私は彼に問いかける。

「お参りと同様、神社巡りの際にやっておくべき…というよりは、直子様もその前の人間かたにも行っていた、神社の祭神に関する語りをするためですよ」

「直子も聞いていた語り…」

彼の台詞ことばを聞いた私は、その場で腕を組みながら考える。

「では、我々は先に参りましょう。その場所なら人気も気にならないだろうし、”語るにはうってつけ“でしょうから…」

ポーカーフェイスの状態でそう述べたテンマは、私達に背を向けて歩き出す。

因みに、テンマは空を飛ぶ事ができるようだが、こうして神社参拝等で歩いている時は、私らに合わせて地面を歩いているらしい。


この後、先程淡い光を放った本のように、“ありえない”と思っていた光景を私達は再び目にする事となる。そして、私達は誰一人として気が付かなかったが、この背を向けて歩いていた際、テンマは一瞬だけ不気味な笑みをしていたのであった。

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