第3話 生じた問題を解決するために
さて、どうしたものか…
テンマと初めて顔を合わせた日の翌日、職場の休憩スペースでコンビニ弁当を食べながら、私は例の本をめくっていた。
神社巡りの本に宿っていたテンマと話した中で、明日が土曜日で仕事が休みという事もあり、明日から神社巡りを開始する事となる。しかし、自分一人だけではどうにもならない点があったため、頭を悩ませていた。そして、昨日していた会話の内容を、私は食べながら思い返していた。
「わたしの扱いに対しては、単純です。その本と形代に触れている者だけがわたしを視認する事ができ、その声を聴く事ができます。故に、わたしが突然姿を現したとしても、大げさに驚く必要はございませんよ」
「あっそ…。そうだ、いくつか訊きたいんだけど…」
「はい、質疑応答ですね。答えられる範囲の事ならば、何でも答えますよ」
テンマが自身の扱いについて説明していた頃、私は彼にいくつかの質問をし始める。
「まず1つ目。私は社会人で使える有給休暇も限られているから、平日に神社へ行くのは厳しい。土日限定で大丈夫か?そして、2つ目。この神社巡りをする上で、期限とかは存在するのか。3つ目は、本にある神社巡りが全て終わったらどうなるのか…かしら」
相手の同意を確認した私は、多少早口になりながらも、訊きたい事を一気に話す。
その早口にテンマは少しだけ呆気にとられていたが、すぐにポーカーフェイスに戻って離し始める。
「では、まず1つ目と2つ目から。勿論、美沙様の生活環境に合わせて行って頂ければ大丈夫ですので、土日限定でも一向にかまいません。期限も厳密な期限はございませんが…。ただ、10年とかに渡ってちんたらやられても困りますので……では、こうしましょう」
話しているさ中、テンマは一瞬だけ私の後ろに置かれている卓上カレンダーの日付を一瞥する。
「確か、以前の持ち主の元へいた際、この国における天皇陛下退位に伴い、元号が変わる…というニュースを耳にした事があります」
「…えぇ、ニュースで時折その話は耳にしているわ」
私は、テンマの話を聞きながら、少しだけ同調の意を示す。
というより、付喪神もニュースとか見るの??
ただし、どちらかというと、そういった疑問の方が私の脳内を占めていた。
「ですので、新しい元号の発表が2019年の4月1日。施行が同年の5月1日とされているので、平成最後の日にあたる2019年4月30日を期限としましょう。今が2018年4月なので、約1年あれば、回る事もできましょう」
「多分ね。じゃあ、3つ目の質問の回答は?」
「やれやれ…。美沙様は、せっかちなお方だ」
「いや、自分の生活環境の中にいきなり舞い込んでくる大事な事なんだから、質問の回答を早く聞きたいのは道理かと思うけど…」
テンマが少し小ばかにするような言い方をしたため、私は少しだけ反論する。
そして、威嚇するような表情を見せたが、すんなりと交わされてしまう。そういった態度から鑑みるに、この男は肝が据わっているのか、よほどの修羅場をも乗り越えてきた
「3つ目に関しましては…正確には、わかりません。ただ、本の中から抜けた霊力が回復する事で、本として“完成する”…としか、今は申せませんね」
「ふーん……まぁ、いいわ」
3つ目の質問に対しては、少し不透明な返答が返ってくる。
彼が嘘をついているかは不明だが、時間の経過と共に判明する可能性もあるだろうから、それ以上の追求はしなかった。
「あと、そう。近年では若い女性が一人で神社巡りをする事が多いと聞いた事がありますが…。美沙様一人ではなく、お連れ様を何名か連れていくのも可能ですよ。そうなると、
「他の人、連れてきてもいいんだ?」
「えぇ。最も重要なのは、前の持ち主である
私が少し小ばかにするような口調で問い返すと、テンマは難なく切り返してきた。
彼には嫌味とかも通用しなそう…
この時、私はため息交じりでそんな事を考えていたのである。
そんな会話があり、現在に至る。
本をめくると、近くは東京都内から神奈川。神社巡りをするとなるとやはり京都が多く、遠い地としては広島も1件ある。写真と説明文が空白になっているページを見ながら、私は溜息をついていた。
思えば、私…自動車の免許持ってないんだよなぁ…
そう考えながら、ペットボトルに入っているお水を飲む。
実家がある千葉県はまだ“関東地方の首都圏内”といえる土地ではあるが、地方住まいであれば、早くに自動車の免許を取っている人は多い。しかし私は、大学から東京に来ている事と、電車移動が便利な東京都内だと車は不要という考えもあり、26の今になっても自動車の免許を取っていないのであった。
しかし、今回神社巡りをするにあたって、電車からすぐの場所がある一方、車で行った方が良さそうな
本当は、一人で調べて直子の死の真相を探ろうと思っていたけど…。神社巡りに関しては、このままではまずいよなぁ…
その後、頭を抱えて考え込んだ結果、私は近くに置いていたスマートフォンを取り出すのであった。
「あ、美沙ちゃん!!」
夜になり、私の存在に気が付いた裕美が、座った状態で手を振ってくれた。
席につくと、
「呼び出した本人が遅れるって、いつの時代の話だよ…」
「まぁまぁ…」
少し不機嫌そうな
あれから神社巡りの事で相談してみようという結論に達した私は、先日再会した裕美・
場所は、交通の便が良い事から、新宿駅近くの飲み屋で夕飯と共に話をするという流れだ。
「健次郎君は、お店終わってから顔を出すって言っていたから…23時過ぎに来るのかな?いずれにせよ、全員が揃うのは20分~30分くらいだけになるけど、平気かな?」
「うん、それだけあれば大丈夫」
裕美が、腕時計を見ながら私に確認の問いかけをする。
それに対し、私はすぐに即答する。
「……で?“俺達に相談したい事”ってのは、一体何だ?」
顔をあげると、ビールジョッキを片手に、頬が少し赤くなっている
「うん、本題に入るね…」
私はつばをゴクリと飲み込んだ後、鞄にしまっていた神社巡りの本を取り出す。
その後、私は直子の死の真相を知るために神社巡りをする事になった事。そして、一人で全部を巡るのは限界があるので、どうすれば良いか。また、テンマ自身については一応まだ、“補助してくれるもう一人のメンバー”という形で私の口から語られていく。
「
「でも確かに、直子ちゃんの訃報を聞いた時は何か違和感を覚えたのよね…」
話を聞いた
「二人共…信じてくれるんだね」
「まぁ、半信半疑な部分はまだあるが…」
私は、どちらかというと自分の話をすんなりと信じてくれる二人に対し、少し驚いていた。
「それに、美沙ちゃんがわざわざ呼びつけてまで、嘘や妄想を語るはないって私は思っているしね」
裕美がそう告げた事で、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
ただし、まだ
「因みに、その“もう一人のメンバー”とやらには、いつ会えるのかしら?」
「それについては…健次郎が来る前に、一旦場所を移してから話そうと思って」
裕美からの問いに答えた私は、一瞬だけ周囲を見渡す。
いくら、本を持っている者にしか見えないとはいえ、周囲の声がけたましい
私はそんな事を考えながら、サワーの入ったジョッキで一口飲む。
「じゃあ、それだったらあともう10分20分くらいで、移動しねぇか?健次郎にも、直接次の場所に来てもらった方が楽だと俺は思うが…」
「うーん…そうだね、そうしようか!」
私は、健次郎も交えて飲めないのは少し残念に感じたが、事態が事態なだけに
そうしてある程度のおつまみやお酒を飲食した後、少しでも静かになる場所として、近くのカラオケボックスへ移動する事となる。
「おぉ!遅くなって悪い悪い!!」
「全然、大丈夫よ!」
その後、23時過ぎたくらいに。仕事を終わらせた健次郎がカラオケボックスに到達する。
遅れて入って来た彼を、私が出迎える。
「あ…健次郎君…!」
彼の存在に気が付いた裕美が、我に返ったような表情で見上げる。
「小川も
カラオケボックスに入ってきて早々、健次郎は私以外の様子がおかしい事に気が付く。
「えっと…。ごめん、健次郎。まずはこの本…と、この紙に触れてもらってもいいかな?」
“百聞は一見に如かず”と考えていた私は、有無を言わさずに本と形代を健次郎に渡す。
「“日本の信仰がわかる神社と神々”…?って、え…!!?」
健次郎が手にした本のタイトルを口にすると、すぐに目を丸くして驚く。
彼が驚くのも当然だろう。部屋の奥の方に、ワインのように赤い髪をし、黒いスーツを身にまとった見知らぬ男性の姿を確認したのだから―――――――――――――
そして、全員が揃ったと思ったテンマは、笑みを浮かべながら口を開く。
「こちらのお二方には先んじてお話ししましたが、わたしはその本に宿る付喪神のテンマと申します。わたしの主である
そう語るテンマだったが、当の健次郎は何が何だか分からないような
そして、数分後―――――――――――――――
「あぁ、一緒に行く分には、大丈夫だぜ!もちろん、店の都合で顔出せない日は出てしまうが…」
「“そんな事ありえない”って最初思ったが…。こうも目の前で見せられると、信じざるをえない。それに、俺も直子の死に関しては、気になってはいたしな…」
テンマの口から改めて語られた後、健次郎や
「車の免許については、私や
一方、裕美からはとても前向きな返答が返って来たのである。
「皆さん、意外と事態の把握が早いようで助かります。では、全部を一緒は厳しい場合もありますが、皆さんご同行戴けるという事でよろしいですか?」
テンマが3人に問いかけると、彼らは揃って首を縦に頷いていた。
皆がちゃんと信じてくれてよかった…!
私はこの場になってやっと、少しだけ胸の内の不安が和らいだ気がした。
「一応言っておくが…」
すると、少しだけ沈黙していたこの場に対し、
「俺らが神社巡りに協力するのは、
「はい、そうです。よくお気づきになりましたね」
当然、テンマは動揺する事なく話を聞いていた。
「俺自身が賛成した理由の一つは、胡散臭いてめぇ一人に任せると
そう告げた
それを肌で感じ取っていたのか、健次郎や裕美も黙ったまま彼らを見守る。
一方のテンマは、クスッと笑みを浮かべた後に、口を開く。
「…よく肝に銘じておきます」
そう一言だけ述べて、その場で会釈をしていた。
でもきっと、私も裕美も健次郎も、テンマに対しては疑いの目は少しでも持っているだろうな…
成り行きを見守りながら、私はそんな事を考えていた。
その後、最初にどこへ行くべきか等、全員の終電に間に合うよう手短に話し始める。
そして、会話でまとまらなかった部分は再びLINEで会話しようという流れとなり、私達は解散して夜の新宿の街へと散っていくのである。
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