第2話 本に宿る付喪神・テンマ
直子の葬儀が終わってから5日間が経ったある日、仕事から帰って来た私は、郵便受けに宅配便の不在票が投函されている事に気が付く。
「お母さんから…?」
不在票に目を通した際、送り主の名前に自分の母親の名前があった。
部屋着に着替えた私は、LINEで何を自分に送ったのか確認のメッセージを送る。
『ごめんごめん!この間お葬式のあった
数十分後、母から返って来た返信メッセージを私は読む。
今日はもう19時過ぎているから受け取れないので…明日の19時以降に再配達してもらうか…!
そう思い立った私は、不在票を片手に再配達の手続きをスマートフォンで申し込み始める。
ただし、それが終わった後に「何故私に物を送ってきたのだろうか」という疑問がずっと残っていたのである。
そして、翌日―――――――
「お届け物になります!こちらに印鑑をお願い致します」
仕事から帰ってきて数分が経過した頃に、昨日手続きをしていた宅配物の再配達で配達員が自宅を訪れていた。
印鑑を押して宅配物を受け取った後、私はすぐにカッターを取り出し、中身を確認し始める。
「本と手紙…?」
取り出した中身は、A5サイズくらいの本1冊と、一通の手紙であった。
本のタイトルを一瞥してページをパラパラめくると、そこにはカラーの写真と文字が入っているため、日本の神社について書かれている本だと判明する。そして、封筒に“美沙へ”と直子本人の筆跡で文字が描かれている。
葬儀の後に届いたという事は、直子が亡くなる前に送ったって事…?
私は、不安と緊張した面持ちで、封筒の中に入っている便箋を取り出す。そこには当然、“美沙へ”という文面から始まり、そこから彼女による手紙の本文が便箋2枚にビッシリと書かれていたのである。
「は…!!?」
手紙の内容を読んでいく内に、衝撃的でとても信じられないような内容を私は目にする。
驚きの余り、声を張り上げるくらいだ。
動揺を隠せずにいる中、私は手紙の内容を最後まで読み上げるのであった。
数分後―――――――読み終えた私は、椅子に座ったまま茫然としていた。
直子が書いた内容が真実だとすれば…私は一体、どうすれば良いの…!?
しばらく黙り込んでいたが、そう心の中で叫んだ直後、我に返る。
「あ…。これって…」
我に返った後、便箋が入っていた封筒にもう1枚紙が入っている事に気が付く。
人差し指と中指を駆使して取り出したところ、人の形を模したような白い紙が視界に入ってくる。霊感のある直子から昔聞いた事があったが、その紙は形代という昔々に陰陽師が使っていたと云われる道具の一つだ。その中でも特に人の形を模した物を人形といい、罪や病等の穢れを肩代わりさせるために使用されていたという。
手紙の内容で、“本から現れた付喪神が…”なんて書かれていたけど…。本当にいるのかな…?
私は、右手で形代を持ち上げながら、その場で考え事をしていた。
「やれやれ…。次は、貴女がわたしの相方ですか…」
「えっ!!?」
突然、背後より見知らぬ男の声が響いてくる。
椅子に座ったまま振り返ると、そこにはワインのように赤い髪をし、黒いスーツを身にまとった男性が立っていたのである。
ど…泥棒…!!?
その男性は当然知り合いでもないため、私は咄嗟に110番通報をしようとスマートフォンに手をかけようとするが――――――――――――
「要らぬ誤解をさせてしまい、申し訳ありません。わたしは泥棒ではないので、通報しないでください。…最も、しても大抵は“無意味”ですが…」
男は落ち着いた口調で話しながら、私を見下ろす。
いつの間に…
気が付くと、スマートフォンを握った私の左手首を、この男性が強く掴んでいた。
姿を確認した時は壁寄りに立っていたのでニ・三歩分は距離があったはずにも関わらず、この対応の速さに対し、私は驚きを隠せなかったのである。
「はい、どうぞ」
その後、左手から地面に落としそうになったスマートフォンを左手でキャッチした男は、そのまま私へと返してくれた。
「泥棒ではないとしたら、もしかして…?」
スマートフォンを受け取りながら、私は男を見上げる。
そして思わず立ちあがっていた私は、目の前にいる男性が思いのほか背が高い事に気が付く。そのまま突進したら胸板に顔が埋まりそうなくらいなので、180㎝以上は身長がありそうな
「おそらく、
男は爽やかな笑みを浮かべ、机の上に置かれた本を指さしながら、そう述べた。
私が、さっきの人形に触れたから現れたって事…?
私は、そんな事を考えながら疑いの眼差しを向ける。
しかし、そんな表情をものともせず、男は話を続ける。
「信じて戴くためにも、ちゃんと順を追ってお話しした方が良いでしょう。少し長くなると思うので、椅子にかけて戴いて大丈夫ですよ」
男はそう述べながら、私に対して椅子へ座るよう促したのである。
「まず始めに、わたしはテンマと申します。この後、幾何かの時を貴女とご一緒すると思うので、宜しくお願い致します。…お名前を伺っても?」
「
男は始めに自身の名を名乗った後、私の名前を尋ねてくる。
名前を訊かれた際に、笑顔ではあったもののどこか
「では、美沙様。貴女はこの本の中身を少しだけ見たと思っているのですが、所々で写真や文字が抜けているページを見かけませんでしたか?」
「抜けているページ…?」
言われて気が付いた私は、本を手に取ってパラパラとめくる。
すると、彼の言う通り神社の名前は載っていても、その境内を映す写真と神社に関する説明文が空白になっているページが複数存在していた。
その様子を確認したテンマは、再び口を開く。
「わたしも、具体的な原因は分からないのですが…。そのようにして、本の中身が消えてしまう現象が何十年か昔からずっと起きています。ただし、ある事をすると、消えた写真や文が表示されるようになるんですよ」
「“ある事”…?」
「それは、抜けているページに書かれた神社へ赴き、お参りをする事です」
「何でまた…?」
テンマの説明に対し、私は首を傾げながら話を聞いていた。
「その本が例えば、魔力を持つ本だとします。今はほとんどの魔力がなくて弱っていますが、神社だと近年では“パワースポット”と云われている通り、その敷地内に魔力のような“力”が満ちています。故に、入ると神社の魔力が本に供給される…といった
この時のテンマは、始めは少しだけたどたどしい口調だったが、すぐに元の飄々とした口調に戻っていた。
「じゃあ、これまで直子やそれ以外の人も、この本を頼りに神社巡りをしていたという事なの?」
「おっしゃる通りです、美沙様」
テンマからの返答を聞いた後、私は神社巡りの本を強く握る。
「じゃあ、直子は…。神社巡りをした矢先、駅の線路に飛び込んだって事…?」
「おや?」
俯いたまま低い声で呟く私に対し、テンマは少し驚いたのか灰色の瞳を数回瞬きしていた。
「今の一言から察するに…
確認するような問いかけに対し、私は何も答えなかった。
それを“YES”と判断したテンマは、一呼吸置いてから閉じていた口を開く。
「それは、ご愁傷様です。気を取り直して、貴女のお願いしたいのが…」
「直子は、私の前の持ち主だったんでしょ?“死んだ”と聞いて、何とも思わないの!?」
テンマが話し出そうとしたのを遮るかのように、私は言葉を言い放つ。
叫ぶとまではいかなかったが、低い声で相手を威嚇するように話していた私からはおそらく、殺気を纏っていても不思議ではないだろう。その姿に一瞬だけ圧倒されたのか、彼は少しだけ考え込んでから口を開き始める。
「申し訳ないですが、人でないわたしに“そのような感情”は期待しない方が良いです。まぁ、この平成の世を見ていて、“ご愁傷様です”と言うべきである事は学びましたが…」
嘘をついているようには見えなかったが、この
そうか…。でも、この男の“お願い”を聞いてあげれば、もしかして…
心の中で、ちょっとした仮説が生じる。“そうする事が一番良いのではないか”と考えだすと、少し熱くなっていた
「あんた、付喪神だって言っていたものね。…で、“お願いしたい事”とは何?」
私は、少し溜息交じりの声でテンマを見上げる。
その時、私は見逃していたが、彼の口の骨格が少し上がっていた。私の問いかけを聞いた男は、すぐに話を再開する。
「はい。直子様や他の
「……因みにもし、私が“嫌だ”と言った場合はどうなるの?」
「その場合は、本を譲る相手を決めてもらい、その方に本とそこの形代を渡せば大丈夫です。ただし…」
私の質問に対し、テンマは即答だった。
しかし、最後の言葉を口にした後、私の元へ少しずつ近づいてくる。そして、椅子に座っている私の目の前で跪いた後、視線を上げて口を開く。
「直子様が亡くなるきっかけとなった出来事が何か……突き止めたいのではないですか?」
「…っ…!!」
彼と目が合った途端、私は動揺してその場で固まってしまう。
まるで、心の中を見透かされたよう…。しかも、目を逸らす事ができない…!?
テンマに見上げられる中、私は内心で少し慌てていた。
しかも、何気に顔が近かったので、その距離感が余計に冷静さを失わせようとしていた。
しかし一方で、先程浮かんだ仮説が証明されるのではないかという想いに駆られる。
直子…
私はこの時に一瞬だけ、先日亡くなった直子の顔を思い浮かべていた。
そして、意を決した私は、再びテンマに視線を向ける。
「解ったわ。あんたの望み通り、この本に書かれた神社を巡ってあげるわよ」
「…商談成立ですね」
そう告げた私の
それを目にしたテンマは、満足そうな笑みを浮かべていたのである。
こうして、私はこの付喪神・テンマと共に神社巡りをし始める事となる。
ただし、それを開始するにあたっていくつか問題が生じる事を、この後気が付くのであった。
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