冬_すれ違い【3】
さくらさんには文化祭で、クラスメイトの友達ができたらしい。朝はその友人たちと話してることが多いとのことで、彩子さんは僕らのクラスへ来るのが恒例になった。
彼女はあくまでもさくらさんとだけしか友人関係を作れていないらしい。その中に入ることはできないということだった。
「いいんだけどね、友達が増えることは。さくらちゃんをここに留めておく・・・鎖って言ったら言い方悪いけど。そういうものが増えてくれるのは、ありがたい」
最初は自分が声をかけられなくて僕に嫉妬すらしていた彼女の考えは、さくらさんと接していて大きく変わったらしい。それがいいものか悪いものかはわからない。それは僕じゃなくて彼女が決めることだけど。
「今日で3日目。そろそろ厳しいかも」
さくらさんを家に泊めている彼女は、そろそろ疑い始めているかもしれないと僕たちに言った。長く続かないのはわかっていた。さくらさんが、彩子さんが単純に自分を家に泊めたいのではなく家に帰らせたくないのだと悟るまで。その期間は苦しいものだったろう。笑顔で接しながらも、いかに彼女をここにいさせるか、本音を話さない分裏切っている気持ちにもなったと思う。
「できることはやった・・・後は、さくらさんのお父さんが変わるか、本人が変わるか。そこに委ねるしかない」
「そうね」
諦めの悪い彩子さんも、これ以上は無理だと限界を感じていた。嘘を吐くのは、吐く側にも覚悟がいる。ばれてはいけない。ばれてしまう位置まで近づいてはいけない。
「・・・戻る」
先生の気配を感じたのか、すくっと立ち上がった彩子さん。この光景も見慣れたものだ。
「じゃあ、昼休みに」
「うん」
手を振って出て行った後、俊くんがぼやいた。
「あいつも苦労してんな」
「この前も同じようなこと言ってたよね」
「・・・そうだっけか」
毎日同じことを繰り返しているようで心情はどんどん変わっていく。同じ時なんてない。過去になんて戻れない。もう僕らは前に進むしかないんだ。振り返ってる暇はない。
俊くんが部活、彩子さんは急用ができてしまって、僕はさくらさんと喫茶店に行くことになった。
「ここも久しぶり・・・」
入りながら目を細める彼女。僕も久しぶりだったけれど、彼女と2人になってしまうのも久しぶりだったので、どっちかというとそちらに気がいっていた。僕の動きはぎこちなかったと思う。
僕が黙っていると、さくらさんが「何か言いたいことあるなら言えば?」と喧嘩腰で話しかけてきた。なんだか苛ついている。やっぱり僕らが何かを隠そうとしているのに気付いてしまったのかもしれない。
「ないよ」
たったそれだけを言うのにも声が震えた。
「あるでしょ・・・言おうとして止めるのって、こっちからしたら気分が悪い」
急に幼くなったように感情を露にする彼女に僕はどう答えていいかわからなかった。どうしてこんなに荒い話し方をするのか。壁を新たに作られているような気がして背筋が凍る。
「何もないよ?」
「私のやってることがわかんないんでしょ?なんで死のうとしたのかとか、そういうのがわかんなくて、理解できないから・・・だから私の行動に苛ついてるんじゃないの!?」
バンっとテーブルに手を勢いよくついて立ち上がった彼女をなんとか宥めようとする。このままじゃ店を追い出されてもおかしくない。それに、彼女の体調がよさそうに見えない。また、倒れてしまうかもしれない。
「落ち着いて、さくらさん。苛ついてなんかない。誰も君を責めたりなんてしてないだろ?」
彼女が勢いよくついた腕をどこにも行かないようにと掴む。このまま彼女がどこかへ行ってしまったら。そう考えると結末は一つしか見えないからだ。
僕の意思とは裏腹に彼女は手を払い、なお叫ぶ。
「うるさい!」
子どもの駄々のような言い方に僕も冷静さを欠いた。
「わからないよ!君が死のうとしてる意味なんて、今もやめない理由なんて。だから知ろうとしてる、理解しようとしてるんだよ!」
「わかんなくていい!わかる必要ない!だってそれがわかったら・・・ハルは・・・」
「え?」
途切れた言葉の意味を彼女に聞こうとすると、我に返ったようにストンと椅子に座り頭を抱えた彼女。
言おうとして止めるのは君じゃないか。
「とにかく、わからなくていいの」
この話は終わりとでも言うように俯いた彼女に僕はわかりたいということを伝えないといけない。このまま彼女を孤独で終わらせるわけにはいかないのだ。
「でも、わからないと・・・」
「知らなくたって、いいことだって、ある。全部知ったところで幸せになんてならない」
諦めたように項垂れた彼女は、もう誰にも自分の世界を分かち合おうとはしなかった。自分のだけの世界を自分だけで守る。理解をされなくても彼女はそうやって生きていく。それはもう僕じゃ変えることはできないのかもしれない。
「君が背負ってるもの、僕にわけてはくれないの?」
彼女を真っ直ぐに見るけど、もう僕のほうは見てくれない。
「私の荷物は私が持つ。重くて転びそうになったら支えてくれればいい」
顔をあげて彼女が微笑んだ。やっと目が合ったはずなのに、彼女の本心が見えない。自分一人で荷物をもって、誰にもわけてくれなくて、転びそうになっても隠して笑い続けるくせに。頼る気なんて、ないくせに。
「僕の前で泣いてくれればいいのに」
「・・・代わりに泣いてくれるでしょ、ハルが」
綺麗な笑顔で僕に笑いかける彼女を、これ以上見ていられなかった。目を背ける。
泣かせたいわけじゃなくて、頼ってほしいだけなのに。
僕のいる意味はあるのかな。
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