冬_すれ違い【2】
さくらさんが休んでから4日経って、その日は朝から彩子さんが僕らの教室に顔を出していた。やっと来たらしい。顔色はよくて元気そうだ、と報告をしに来たのか、話せなくて逃げだしてきたのかわからない。結局は教室に戻らないといけないのだから今こっちに来てしまっては更に気まずくなることだろう。
「他人事だと思って・・・」
「他人事だからな」
彩子さんの神経を逆撫でることに関しては成績優秀な俊くん。むくりと起きて朝ごはんで持ってきたおにぎりをむしゃむしゃと頬張っている。今日は遅刻して朝練の前に食べる時間がなかったらしい。
「先生来たよ」
教室の横を通り過ぎた先生を見てそう言うと「はぁ・・・」と溜め息を吐いて億劫そうに戻って行った。
「何だかんだ大変そうだな、あいつ」
「わかってるなら意地悪しない」
「・・・おう」
やっと気付いたのか頬杖をついて彩子さんの背中を見送る俊くん。彼には人間の心がないのかもしれないと疑ってしまいそうだった。
僕らはお昼休みいつも通り屋上に行く。
そこに彼女が来るか、来ないか。それで更に彩子さんが落ち込むことになったとしても、僕らは彼女の意思に反することはできないのだから。
「久しぶり」
彼女は何事もなかったように屋上に顔を見せた。彩子さんは結局昼休みまで話しかけなきゃいけない状況に陥りたくなくて寝て過ごしたらしい。こういう時だけ勇気がない。
「大丈夫だったの!?」
一番心配していたので、屋上に彼女が来た瞬間飛びついて行ったけど。
「お父さんがしばらく会社休みになったらしくて、看病しててくれたから」
「そっか」
僕は安堵の息を漏らす。彼女の言い方だと、この前の出来事は伝わっていないようだった。そこで気づいた。もしお父さんが休みじゃなかったら、彼女を看病する存在はいたのだろうか。定期的に様子を見に行く役割の人間はいなかったんじゃないだろうか。
三者面談にお父さんが出たことに感謝するしかない。あそこでお母さんが来ていたら、彼女はまだ学校に来れていなかったかもしれない。
「心配かけてごめんね」
眉を下げる彼女の肩を掴んだ彩子さんは「いいのいいの!むしろもっとかけて!」と脅迫じみたことを言っていた。
「久しぶりだな、彩子のお弁当」
懐かしそうに目を細めお弁当をみるさくらさん。
お父さんが仮に彼女にその話をしていなかったとして、ずっと会社を休んでいたら違和感を覚えてしまうだろう。つまり、また彼女はお母さんと2人だけになってしまうのだろうか。
怖くなって「お父さんは、いつまで仕事休みなの?」と、わざとらしくならないように尋ねてみた。すると彼女は不思議そうな顔をしてすぐに「今日から戻ったよ。私が治ったから」と言った。
動揺が彼女に伝わらないように「そっか」と返して顔を背ける。
彩子さんは彼女の意識を逸らすようにお弁当の説明をしていて、俊くんは無言で箸を進める。
数日間家にいてその兆候を感じられなかったお父さんが友人たちの誤解だろうで片付けてしまう可能性はゼロじゃない。娘を愛するように妻を愛している彼は、正しい家族を信じてまたいなくなった。僕の叫びは届かなかったのだろうか。
「そうだ、さくらちゃん暫く私の家泊まらない?」
彩子さんが突然声をあげて、たった今思い出したとでも言うように手を打った。祈るように無意識に自分の手を握りしめていた。この提案さえ呑んでくれればとりあえずはのりすごせる。でも、とりあえずだ。これは応急処置であって、これからの全てを解決するっものではない。
「どうしたの、いきなり」
さくらさんは何か違和感を感じてしまったらしい。訝しげに眉を顰めた。
「前から考えてたんだよ!4人でどこか行くことはあるけど2人ってないから、女子会・・・的な?」
「ふーん」
必死の言い分に微妙な反応を見せるさくらさん。
彼女がお弁当に目を向けているとき、彩子さんがこちらに少しの間視線を向けて片手を縦にして申し訳なさそうにしていた。自分の言い訳が厳しくて相手に疑惑を与えてしまったかもしれないことを気にしているようだ。
僕は首を横に振りむしろありがとうと口を動かす。こういうことに鈍感な彼女が他の意味にとらないでくれることを願う。
少し間を置いて「いいけど」と渋々了承したさくらさん。彩子さんはすぐさま「じゃあ決まり!今日から!」とホッとしたように予定を立て始めた。それにしても今日からとは。中々に攻めたことを言うな、と思った。逆に何故急いでいるんだろうと疑問を持たれてもおかしくない。
喜んでいる彩子さんはそんなことに気付くはずもなく、嬉々とした表情でさくらさんの手を握っている。彼女も大概単純だ。
保健の先生に呼ばれているから、と早めに戻って行ったさくらさんを除いて3人になり、気を張っていた彩子さんが大きく息を吐いた。
「お疲れ様、ありがとう」
「お役に立てたなら何より・・・」
俊くんはぼーっと考え込んでいて、急に言葉を発した。
「あのおっさん。全然話聞いてなかったんじゃねえの」
怒りを含んだその声色に、彼も彼なりにさくらさんのことを考えているんだな、と安心した。無口で不愛想だとわからないものだ。
「そうだね」
相槌を打つと、彩子さんが打って変わって落ち込んだ。
「数日間なら何とかなる。でも、私がいくらいいって言っても、絶対さくらちゃんは家に帰る。これ以上は迷惑になるって言って」
「うん・・・そこからはどうしようか」
さくらさんは周りに気を遣って甘えてくれない人だということを知っているからこそ不安が募る。僕の家に泊まってなんて女子に言えない。かと言って彩子さん以外にさくらさんと話す女子なんて見かけない。
そもそも、彩子さんが話を持ち出しただけで怪しげな反応を見せるのに、そこまでしたら今度こそ完全に裏があると思われる。これは危険な綱渡りだ。いかにばれないように、彼女を守るか。
せめてあの時お父さんと連絡先を交換しておけばよかっただろうか。そうしたとして、話を聞いてくれただろうか。あんなに行ってもさくらさんを置いて行ってしまったのに。
仕事をしないと家族を養っていくことができないことはわかる。でも、その家族が自分がいないことで苦しんでいたら本末転倒だ。特にあの人は家族を第一に考えているように感じたから僕はあそこまで話した。結局、自分と家族以外を信じてもらうことなど無理だったのかもしれない。きっと痣は見ていない。抵抗があったのだろう。あの時、彩子さんに見せてあげるように言うべきだっただろうか。でも本人の意思に反することはしたくない。いくら父親でも。
頭を抱える。
これからのプランが見えない。
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