秋_無力【2】



「さくらさんと僕が初めて会ったのは、屋上でした。さくらさんそこから飛び降りようとしてたんですよ」

 すぐにさくらさんのお父さんが反応した。驚きすぎて声も出ないようで、その姿はこの話を初めてした時の2人に似ていた。それよりは身内な分、更に大きいだろうけど。

「ずっとわからなかったんです。何故あの日彼女がこの世界からいなくなろうと思ったのか。だから僕・・・僕たちは、彼女とこれからも歩いていくために、その理由を探すことにしました」

 彼は「どうして・・・」と呟きながらさくらさんの頬に手を置いた。そのことも、話さないといけない。彼女が守ってきた上辺だけの家族を、僕は彼女に嫌われても壊さないといけない。

「その場所、そこに大きなガーゼを貼ってきたことがあったんです」

「怪我、ですか」

 僕は首を横に振る。そこで、ガラリと音がして2人が合流した。ここからは倉坂さんのほうがいいのかもしれない。不安そうな顔をしている。

「2人も友達なんです、彼女と」

 倉坂さんに近付いて「今、顔の怪我のこと話してて」というと、「わかった」と頷いた。

「隠してたけど、見えたんです。大きい痣だった」

 お父さんが手を下ろしたその場所に、倉坂さんが触れた。泣きそうに。

「最初に見たのは、夏休みに旅行した時・・・お腹に痣があって、」

 彼女の頬を涙が伝い、さくらさんの頬に落ちた。声は震えていて、でも話すことはやめなかった。

「私聞けなくて、理由が何なのか。でも、ここに痣ができた時、あれはただの怪我じゃなかったのかもって思って、今日、倒れて・・・そしたら背中に、」

 僕は倉坂さんに近付いて背中をさする。さくらさんのために勇気を出した彼女は、きっとさくらさんに怒られたとしても折れることはないだろう。胸を張って、彼女から離れていくのだろうと思った。

「顔に痣ができた時、僕聞いたんです。これ以上見過ごせないと思って」

「それで?」

 彼はまだ身内に原因がいるとわかっていなくて。彼女は学校で虐められていると思っているのかもしれない。不安そうに、僕らを疑惑の目で見る。

「あなたは信じられないかもしれない。でも、その傷をつくったのは、さくらさんのお母さんです。あなたの、奥さんなんですよ」

 そこまで言っていつの間にか僕も涙を零していた。頭に何か重いものがのっかって、それは俊くんの手だった。彼なりに僕を慰めようとしてくれている。

「そんな・・・だって2人は仲良さそうに、」

「あなたのいるところではそうだったんですよ。だから余計に、彼女も言えなかった。あなたが優しくて、大切だから・・・家族が大切だったから言わなかった」

 穏やかでいようと、冷静でいようと思っていた僕は、すぐにそれを突き通せないことに気付いた。彼のせいではないと頭では理解しているのに、怒りをぶつけられる相手は彼しかいなかった。

「さくらさんはっ、死のうとして・・・いっつも諦めるような表情ばっかして、でも助けを求めなくて、なんで彼女がそんな目に合わないといけないんだよっ」

 僕が大きな声を出すと、倉坂さんは僕を諫めるように「それはこの人のせいじゃないでしょ」と言った。

 俊くんは僕のを軽く引いて止めようとした。でも今の僕は、どんな時よりも勇気を出していて、今言わないと、もう何も言えなくなる気がした。

「あんたが悪いんじゃない!それはわかってるよ・・・わかってるけど、でもっ、あんたじゃないと、僕には何もできないんだよっ・・・」

 そこまで言って我に返る。自分のリュックだけをもって外に出る。そこには保健室の先生が立っていた。この人、いたのに黙ってたのか。

「保健室で騒ぐのはよくない。でも、よく言った」

 そう言って僕の頭にポンと手を置いた先生は、僕と入れ替わりで中に入って行った。

 彼女は前から知っていたのかもしれない。直接言われなくても、生徒のことを理解することができそうで、そんな先生に少し嫉妬した。そんな力があれば、僕はもっと前にさくらさんに出会って、今みたいに手遅れになることはなかったのかな。






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