秋_無力【1】



 何もできない無力感を抱え屋上に集まった僕たちは、ぽつぽつと会話をしながら倉坂さんが作ってくれたお弁当を食べる。失っていないのに、失ってしまったように感じるのは、彼女の涙を見てしまったからだろうか。

「何かできないのかな・・・」

 苦悶の表情で卵焼きを食べる倉坂さん。

「さくらさんが望んでくれればいいんだけど」

 それに答えながら春巻きを食べる。

「あいつそういうことしなさそうだよな」

 珍しく真剣な表情の俊くんはおにぎりを食べている。

 みんな真剣に話しているようで真剣に見えない。悩んでいるときでも人はお腹を空かせるらしい。

「さくらちゃんは、どうして話してくれないのかな」

 理由はきっとわかっているのに、本人に言われないと納得できない。彼女がさくらさんを心配するのと同じように、さくらさんも彼女を思ってのことなのだ。僕の考えが絶対ではないけど、きっとここに彼女がいても、同じことを思うような気がした。

「一方通行って辛いよ・・・」

「違うよ。さくらさんは倉坂さんを大切に思ってるから言わない、わかってるでしょ?」

 彼女の不安を少しでも軽くできたら、とそう言うと、頬を膨らませて黙り込んだ。僕に言われるのは嫌だったかもしれない。でも、俊くんに言わせたらもっと嫌がるだろうしな。適任は僕だ。

「三者面談、私の次だから先に保健室行ってて。終わったらすぐ向かう」

「うん」

 しおらしくなってそう言った彼女に僕は頷く。またもや俊くんには倉坂さんと来るように伝える。

 さくらさんが目覚めた時、俊くんが側にいるのはなかなかに気まずいかもしれないから。というか、俊くんは空気を読まないことが多々あるから何を言い出すかわからない。僕たちのいないところで確信をつかれると困る。

「じゃあ、後で」

 廊下で倉坂さんと別れる。最後まで彼女の表情は暗かった。

 さくらさん、今更君の存在が大きくなってしまったことに気付くよ。



 放課後になって保健室に行くと、まださくらさんは眠っていた。

「さっき一回起きてまた寝たところ・・・しばらくは起きないかな」

 保健の先生にそう言われ、ほっとした。一度起きたということと、しばらくは眠っているということ。もしお母さんが来たとして、僕が話すところをさくらさんに聞かれたくない。きっと彼女が好きな家族のことを傷つけてしまうことになるかもしれないから。

「ええ、彼女は・・・」

「そうですか、」

 聞いたことのある先生の声と、男の人の会話が保健室に近付いてきた。「来たわね」と先生が立ち上がったことで、さくらさんの担任と親が来たことが分かった。

 ガラリと扉が開き、C組の担任の後ろから、背の高い優しい雰囲気をまとった男の人が現れた。この人が、さくらさんのお父さん。

「とりあえず話しておきました。引き継ぎますのでお願いします。私は次の生徒がいるので・・・」

「はい。わかりました」

 今までとは打って変わって礼儀正しい雰囲気を醸し出し始めた先生が、笑顔で担任と向かい合った。

 担任を見送ってすぐ「ちょっと職員室に行ってくるから、様子見てて」と保健室を出て行った。僕とこの人を二人きりにしてしまうとは、だったら俊くんとさくらさんを二人きりにしたほうが良かったかもしれない。

 僅かな沈黙を破り、気を遣ったのかさくらさんのお父さんが言葉を発した。

「さくらの・・・友達で大丈夫かな?」

 それはつまり、彼氏ではないよな?という牽制だろうか・・・。深く考えるのはよそう。そこら辺は女の子を持つお父さんなら当たり前だろう。

「はい。クラスは違うんですけど、友達です」

 信頼は、得られてないかもしれないけど。

 そうか、と照れながら頬をかいた彼はさくらさんの顔色を見て思うところがあったようだった。

「さくらさん、お父さんのこと好きだって言ってました。優しいって」

「そうか・・・そんなことを、」

 照れているようで寂しそうだった。きっと彼女はお父さんにうまく甘えられていないし、お父さんも甘やかしてあげられないことを悔いてる。お互いに思いあっているのにすれ違っている。それが更に彼女を孤独にしているんじゃないだろうか。

「家でのさくらさん、どうですか」

 お父さんがいる間はもちろん彼女にお母さんが当たることなどないと思うけれど、それでも様子が知れるだけでわかることもある。

「うーん・・・僕はあまり家にいないから。今回も三者面談で一時帰宅したんだ。家で母親と2人、うまくやっていると思うけれど」

 やっぱり何も知らない。

 少しの会話でこの人が優しいことはすごく伝わってきた。だからこそ、この人が知ってて見過ごすような人じゃないことは分かった。でも、知らないくていいことだと僕は思わなかった。彼女が屋上で言っていたことを思い出した。


『お父さんは知ってるの?』

『ううん』

『言わないの?』

『・・・お父さんは優しい。だから言わない。私が言ったらお父さんはきっと今の仕事を辞めてでも一緒にいてくれる。でもそれじゃ駄目なんだと思う』


 諦めたように言った彼女の表情が忘れられない。何も解決しないのに、まるで解決なんて望んでいないような。きっと望んでいないから、だからそんなことを言うんだ。どんなに苦しんだって周りが望むならって、そうやって生きてきてしまったから。

 周りに甘えない彼女は、そのせいで周りを不安にさせていることにも気づかずに。

 きっとこの先もこのまま生きて行って、黒いものが溜まっていっていつか彼女は・・・。

 そんなことさせない。彼女が嫌でも、僕は。





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