秋_思い出【6】
昼休み、倉坂さんが僕のクラスに走ってきて、その必死さでさくらさんに何かがあったことはわかった。
「さくらちゃんが、さっき倒れてっ・・・」
倉坂さんが焦っている今僕まで焦ったらもう誰も冷静な人はいない。俊くんだって内心焦ってる。人一番情が熱いし、涙もろかったりするから。
「今どこに?」
「保健室」
「倉坂さんはどうする?」
「荷物取ってくる」
「うん」
短い言葉でコミュニケーションをとって、僕は保健室に急ぐ。
「俊くんは倉坂さんと来て」
後ろを振り返ってそう言うと、準備はできているらしくすぐに後を追って行った。
急ぎながら考える。昨日の様子はどうだったか。見落としていた点はなかったか。今日は何があったか。
昨日は元気がなかったかもしれない。笑ってはいたけどそれは僕らに元気がないのを悟らせないためだったのかもしれない。彼女はきっと、僕らが何を見て安心しているか、どんな言葉に喜ぶかを知っている。だから昨日は未来の話をしたんだろうか。僕らを安心させるために。
「今日は、さくらさん三者面談だ」
それが何か関わっているのかもしれない。
丁度保健室について、深呼吸をして扉を開く。中には保健の先生がいて、訝しげにこちらを見た。
「畠山さんの、様子を見に」
そう言うと、ふうっと息を吐いて「こっち」と僕を呼んだ。
「今は眠ってる。最近寝れていなかったのかも・・・心当たりある?」
「わからないです・・・すいません」
「あなたが悪いわけじゃないんだから」
フッと笑って自分に作業机に戻る先生。女の先生だけに、何か彼女を見てわかったことがあったのかもしれなかった。ただそれを教えてはくれなさそうだった。
「あなたたち、仲いいの?」
「一応・・・?」
確信はないので一応と言っておく。これで彼女が起きた時否定されたら辛すぎるから。それこそ何の仕打ちだろうか。
倉坂さんだったら「はい!」と自信をもって頷きそうなものだけど。僕にはレベルが高すぎる質問だった。
「今日すぐ復活するものじゃないから帰すけど、親御さんいるかしら?」
片手に電話を、もう片手には生徒の連絡先がのっているであろうファイルを持った先生に、「畠山さん、今日三者面談だからどっちかは来ると思うんですけど・・・」と僕の知っていることを言ってみる。だからといって何だってことじゃないけど。
「じゃあそん時でいいかな。病院行くほどじゃないから、寝せておこうか」
「は、はい」
役に立ったようで安堵する。バタバタと音がして、倉坂さんと俊くんが合流した。
「静かに。ここは保健室」
「す、すいません!」
真面目な倉坂さんは低すぎるほどに頭を下げ、俊くんは何事もなかったように入ってくる。ここにも性格が表れている。
さくらさんを横の椅子に座り見ていると、目の下にくまがあり、顔色が悪いのがわかった。どうして昨日気づけなかったんだろう。自分自身のことを責める。完全に僕の落ち度だ。側にいるだけで、何もできていない。
そういえば、さくらさんがもし今回もお母さんに・・・。手がかりがあるかもしれない。そう思い倉坂さんを見ると、彼女もそう思っているようで「少しそっち行ってて」と僕らからさくらさんが見えないようになる位置に移動した。
これは僕にはできないことだ。
「お願い」
先生に疑われないように少しの間俊くんと話を逸らさせる。さくらさんはどんなことをされても家族のことが好きだから、先生にばれて離されることはあってはいけない。それがさくらさんの意思でもない限りは。
「野中くん」
暗い倉坂さんの声が僕に悪い予感をさせた。俊くんに先生の相手を任せ、倉坂さんのもとに向かう。
「・・・どう?」
「背中に一カ所。この間より範囲が広い」
「そんな・・・」
絶望的だった。そんな傷、日常生活でも影響があるに違いない。彼女はそれを隠していた。そんなことすら話せないような僕らは、一体彼女にとって何なんだろう。一応でも、友達なんて言えるんだろうか。
倉坂さんの声は震えていた。友達のそんな姿を見るのは、間接的に伝えられている僕よりも辛いだろう。その辛さを与えてしまっていることに罪悪感を感じる。
「あんたたち一旦戻りなさい。お昼まだでしょ?」
心配だけど、これ以上ここにいても何もできない。彼女の三者面談の時間にまた来ることにした。その時どっちが来ても、このことは伝えないといけない。それが僕らにできる、彼女の気持ちを守る唯一の方法に思えた。
「戻ろう」
「うん」
倉坂さんは去り際さくらさんの目元を擦った。僕には目元が光っているのが見えた。今ここに意識のない彼女が涙を流している。そのことに更に胸が痛んだ。
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