秋_思い出【5】
三者面談を控えて段々と顔色が悪くなっていく俊くん。進路の問題は僕をまたもや追いかける形で解決しそうだけれど、俊くんが怖がっているのは成績やら授業態度やらを親の前で話されてしまうことだろうと思う。
俊くんは自分の印鑑を常に持っているため成績表は親に見せずに先生に戻してしまう。そういうところだけはしっかりしてる。だからこそ今日という日を恐ろしく感じる。日々正直に親に見せていればこんなことにはならないのに。
彼の出す負のオーラが教室中に広がっていくのがわかる。みんな同じ手を使っているのかもな。
「次ー」
俊くんの前の人を呼びに先生が教室に顔を見せた。それすらも怖がっている。
「春太はいつなんだ?」
「僕は明日だよ」
「だからそんなに余裕なのか・・・」
そんな返しに苦笑するしかない。
「いやあ」
まず親に成績は見せているし進路も話し合っているし、無難に生活しているから特に問題点はない。
悪く言えば凡人だけど、良く言えば自分のことを把握できる程度にしか活動していないので予想外の事態も起こらないだろうと思える。
安定が一番だ。この歳でこんなこと言ってしまっているのも問題かもしれないけど。
「次・・・お前か」
担任が俊くんを呼びに来てにやりと笑った。余程楽しみにしていたのかもしれない。授業中寝られていることへの復讐心が窺える。
「くそ、ここまでか・・・」
ここから味方が助けに来そうな主人公的な台詞をはく俊くんだけど、残念ながら本当にここまで。抵抗むなしく担任に引っ張られていく。
「待ってるから、頑張って」
「おう・・・」
絶望的すぎる俊くんの今の様子を是非とも倉坂さんに見せたい。きっと言うのだろう。「あの人気者の弱点がこんなものなんて・・・」と。
今日の面談は俊くんが最後なので教室には僕一人だけになった。ここで明日何かがなくなっていたら僕のせいにされるんだろうな、と馬鹿なことを考える。
「あれ、ひとり?」
扉からひょこりと顔を出した倉坂さん、の後ろにさくらさん。
「うん。今俊くんが面談中」
そう言うと「今頃泣いてるんじゃない?」とあながち間違っていなさそうなことを言いながら近くの座席に座る倉坂さん。さくらさんはその発言に少し笑みをこぼしながら倉坂さんにならって席に着く。
「ハルは?もう終わったの?」
そういえば、と聞いてきたさくらさんに「僕は明日なんだ」と簡単に答える。
「私も明日よ。さくらちゃんもだよね?」
「うん」
面談は四日間に渡って行うのに3人が同じ日になるとは。
親の都合もあるので大体出席番号から入れ替わる。一緒になる可能性は低い。お母さんは明日なら仕事が早く終わるらしいので明日になった。さくらさんはどちらが来るんだろう?お母さんだったら専業主婦と言っていたから時間の調整は可能だと思うけど、お父さんだったら大変だろうな。
ただ、彼女が好きだと言っていたお父さんに会ってみたいとも思う。
「さくらちゃん。本当に野中くんと同じとこに行くの?私も一応大学だし、こっちも考えてみてよ!」
おもむろに鞄から受験する学校のパンフレットらしきものを取り出した。さくらさんはそれを受け取ってペラペラとめくった。
「うん。考えておく」
本当に考えているんだろうか。僕の学校を候補に出したのも気まぐれで、その場限りのことだったんじゃないか。
今の僕は彼女が未来について話したことを彼女の本心だと思うことができない。
「倉坂さんは寂しいんだね」
そう言うと睨まれた。図星だったか・・・。
「さくらちゃんがいたら楽しいと思うから誘ってるの」
「あながち同じようなことだよね」
「うるさい」
そんな言い合いを聞いていたさくらさんはクスリと笑った。
「みんな同じだったらもっと楽しそうね」
自分で言ってその様子を想像したのかフッと笑うさくらさん。そんな彼女を見て興奮したように僕に視線を向けてくる倉坂さん。嬉しいんだろうな。自分のいる未来のことを想像して笑う彼女のことを見るのが。僕だって嬉しい。やっと、彼女の未来が見えた気がする。
ガタガタっと音がして、その方を向くと疲れ切った俊くんが扉に寄り掛かっていた。こころなしかやつれているようにも見える。
「お疲れ様」
「おう・・・」
どれだけ絞られたらあんな風になるのだろう。そんなに酷かったのかな、成績。
俊くんのほうへと駆け寄ると、その後ろに俊くんのお母さんがクスクスと笑いながら立っていた。
「あ、おばさん」
「久しぶりね、春太くん」
「はい」
どうやらやつれている息子を見ているのが余程楽しいらしかった。そんな様子の母親を俊くんは思い切り睨んでいた。
「春太くん、この子がまた同じところに行きたいって言ったみたいで・・・大丈夫?」
側まで挨拶をしに来ていた倉坂さんが「また」という言葉に反応していた。そういえば前説明した時は近くだからってことにして、僕の行くところについてきたっていうのは言ってなかったんだっけ。俊くんのメンツとやらを守るために。
「僕は大丈夫です。おばさんが大丈夫なら」
「私はね?やりたいことがあるなら頑張ってほしいとは思うけど・・・なんでもついて行こうとするから迷惑かかるのが心配ね」
「はは・・・問題ないですよ。少し、俊くんが頑張らないといけないけど」
苦笑いでそう返すと、おばさんは俊くんの背中を叩いて「迷惑かけちゃ駄目よ!」と言い残し帰って行った。
しばらくは無言だった俊くんが、おばさんが見えなくなった途端「あのばばあ力強すぎるんだよな」と悪態をついた。確かにすごい音がしたけど、もし聞こえていたら帰宅後の俊くんのほうが心配だ。
「あのお母さんにこの子ありって感じね」
倉坂さんはどこか納得したように頷いている。そんな彼女に「ふざけんな」とぼやく俊くん。倉坂さんはきっとおばさん並みに強烈だと思うけどな・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます