秋_思い出【3】
「あれ買いたい」「あれ食べたい」「あれやりたい」と思う存分に彼女に振り回され、僕の目が回ってきたところで屋上に行った。やっぱり落ち着く。
彼女は買ったものを広げる。
綿あめ、たこ焼き、お好み焼き、ホットドッグ、ヨーヨー、その他色々。結構買った。粉ものが2つあるのは、以前自分に勧められたものを気を遣ってどちらも買ったのか、ただ自分がどちらも食べたかったのか、それはわからない。文化祭クオリティだから夏祭りの屋台ほどの期待はしちゃいけない。
「目移りしちゃう・・・」
どれから食べるか真剣に悩む彼女。きっと呼び込みをしているときに大方めぼしはつけておいたのだろう。僕を連れまわすその足取りに迷いはなかったように思う。
僕は自分で唯一買ったパンケーキを食べる。外の屋台で中と被っているものがあったとは。敵の味はいかほどか。今日初めてレシピを見たくせに偉そうなことを考えてみる。
「あ、ハルの美味しそう」
そんなにある中でまず僕のに目移りするとは。なんという食欲。
「いいよ。どーぞ」
パックを彼女のほうに向けると、1つ取って口に入れた。
「美味しい!」
「そりゃよかった」
僕のクラスのものを一つ持ってこればよかっただろうか。ここより美味しい自信がある。後からあげればいいか。
結局自分の買ったものの中で彼女が一番最初に食べたのは綿あめ。今回のはシンプルな袋に入れられていて買いやすそう。そりゃあそうか。ターゲットは高校生だ。近所の子供じゃない。
気に入ってくれたのだと思うと嬉しくなった。
「学校のこーゆうの初めてかも」
ふとさくらさんが思い出したように呟いた。
「こういうのじゃないかもだけど、中学校でもあったんじゃない?一応」
「さぼった」
潔すぎる発言に僕が戸惑った。それこそその日にクラスで準備したものもあるだろうに。ああ、そうか。彼女はその頃。
「友達なんて作っても無駄だったし、仲良くなんてできないし・・・結局仮病で休んだ。あの独特な雰囲気の中に入っていくのが怖かったのかも」
珍しい弱気な発言に、今の彼女は昔のことを今と比べているからそう感じているのかもしれないと思った。
友達ができて、思い出ができて、そんな今の自分を昔の自分と比べているのかもしれない。今のほうがいいと思ってくれているといいな。手に入れたからこそ失うのが怖いんじゃなくて、手に入れたからこそ尊さに気付いたと、そう思ってもらえたほうが嬉しい。なんだか語彙力がないけど。
「今日、楽しかった?」
まだ終わっていない今日のことを尋ねる。
「楽しい、のかな。彩子としか話してないからいつもと変わらないって言うか」
「そっか。外だからね」
裏方だった僕と同じようなものか。僕の場合は佐々木さんがいたけど。
「いつも教室か屋上か、とか。狭い世界で生きてて・・・でも、こんなにもここは広かったんだなって感じた」
狭い世界。そう言われればそうだ。教室はどこか窮屈で、屋上は空が見えても飛んでいけるわけじゃない。そんな場所で過ごして来たら、他の場所はさぞ魅力的に映るだろう。
こんな狭い世界で満足している僕と違って、彼女は広い場所へ羽ばたいていける人だ。
「でもやっぱり、ここが落ち着く」
柵に寄り掛かってそう言う彼女は心から思っているようで、嬉しくなった。日々を肯定されているようだった。
「僕も」
「それは知ってる」
「そっか」
屋上から見える校庭や校門までの道はまだまだ生徒や来校者で溢れている。校庭の時計は16時を指している。もう終わるのにこの人だかりはすごい。そういえば学校までの道のりいたるところに文化祭のチラシが貼ってあった。宣伝効果は抜群だった。
「そろそろ戻ろうかな」
コンクリート上に広げた食べ物やらを片す。僕のじゃないけど。
14時から休憩で後は片付けの時に戻ってきてくれればいい。そう言われていたのでそろそろ時間だ。
「さくらさんは?まだいる?」
片しながらふと思った。まだここにいるなら片付けないほうがいいかもしれない。
「ハル戻るんでしょ?」
「うん」
「じゃあ戻る」
そう言うと片付けに加わった。さすがに1人でここにいるのはつまらないのかもしれない。もう秋だし段々肌寒くなってきている所為もあるかも。
風が吹いて彼女の腰ほどまである髪をなびかせた。耳の辺りに手を当て邪魔にならないようにする彼女の行動は何回も見て来たけれど、毎回綺麗だなと思う。
どこかのお嬢様と言われても驚かないくらいに気品がある。
「髪、切ろうかな」
鬱陶しく思ったのか、彼女がぼそりと呟いた。僕に聞こえるとは思っていないかもしれないのに反応してしまった。
「切るの?」
「・・・邪魔かなって」
風が止んでぱさりと肩に落ちた髪を見る彼女。その表情からは寂しさを感じるのに。思っていることと、言っていることは別みたいだった。
「ハルは長いのと短いの、どっちが好き?」
急な質問に戸惑った。それは僕のタイプということか、もしくは彼女の髪型についてのことなのか。悩んだけれど、彼女の、として受け取り答える。
「どっちも似合うんじゃないかな。でも、長いの・・・綺麗だよね」
「・・・そう」
彼女の黒髪は丁寧に扱っているんだろうなと感心するほどきれいだ。女子の髪についてはよくわからないけど、艶が見えるということはそういうことなんだと思う。
素っ気ない返答に、僕は答え方を間違えたのかもしれないと思ったけど、そっぽを向いた彼女の耳が赤くなっているのを見て、髪を褒められることに慣れていないのかもしれないと解釈することにした。
「ハルってほんと・・・」
「なに?」
「何でもない」
意味深に言われると人間は知りたくなるものだ。僕は不快に思われたくないので無理やり聞き出したりはしないけど。このすっきりしない感じは僕が忘れない限り続くのだろうな、と思うと誰かに答えを教えてもらいたくもなった。
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