秋_思い出【2】
文化祭当日、想定通り風邪を完治させた僕は、ホットプレートに向かっていた。
僕のクラスはカフェで巷で人気のホットケーキを売りにするらしい。そしてそんな重要なホットケーキを任されてしまったのが僕。考案したのは誰なんだ。その人がやったほうが想像通りにいくだろうし、そもそも今日レシピを見たばかりの僕に任せるべき仕事じゃない。
「春太、ベリーのやつと抹茶のやつ、一個ずつ」
俊くんは接客を頑張っている、のだと思う。けれど、メニュー名くらいは覚えてほしかった。毎回違う言い方をするので汲み取る側も大変だ。もしかするとそのせいで僕はここ担当になったんじゃないだろうか。
「佐々木さん、それ取ってもらっていいですか?」
「ああ、うん」
ドリンク担当の佐々木さんは、比較的話しやすい。話してはいないけど、コミュニケーションは取りやすい。
裏方になるということはつまり、表に出るのを嫌がったということで、つまりは僕と合うかもしれないってこと。そのことに今日気付いた。
無駄口は叩かないし、黙々と働いている。狭い裏でうまく協力して動けている。
俊くんの見立て通り、僕はこの仕事が天職らしい。
材料を補充しに廊下に出たところで、呼び込み中の2人に会った。
「着ぐるみ・・・」
「動物カフェっていう謎のコンセプトで」
げんなりとした表情のさくらさんは自分のクラスながら理解しがたいようだった。確かに本物の動物がいるわけじゃないから・・・僕には何とも言えない。
「さくらちゃんに似合ってると思うんだけどなぁ」
さくらさんのウサギの着ぐるみを見て満足げにそう言った倉坂さんは、熊の着ぐるみだった。それもなぜかリアル。人間1人は食べたような謎の血飛沫が・・・。
「ハル、いつ休憩?」
倉坂さんの言葉をスルーしたさくらさんは看板を壁に寄り掛からせながらそう言った。
「確か、2時からは休憩って」
「じゃあその時一緒に回ろう。私も休み取る」
静かな怒りを込めてそう言ったさくらさん。それが伝わったのか倉坂さんはさくらさんの独断らしき休憩を全力でOKしていた。
今日まで言わなかったんだろうな、この衣装着るって。
喧嘩している様子が、2人が仲良くなった証に見えて微笑ましくもあった。一方的にさくらさんが怒ってるだけだったけど。
僕の休憩時間が来て佐々木さんに「いってらっしゃい」と送り出された。「行ってきます」と答えた僕は、数時間しかいないこの裏の空間に家にいるような愛着を持っていた。
さくらさんは休憩時間が決まっているわけじゃなく、独断で抜け出すとのことだったので、僕が彼女の教室まで迎えに行く。
動物カフェと宣伝しているその場所は、可愛い場所かと思っていたけど、そこそこの怖さを醸し出していた。女子はどこへ行ったのだろうと思うほどに男子率が高い。着ぐるみを着た女子ならまだしも男子なんて、どこに需要があるのだろう。イケメンを売りたかったのなら俊くんのように普通にスーツを着ればいい。そうじゃないなら顔を隠したほうがいい。見ているこっちが辛い。
入り口で途方に暮れていると、廊下の角にウサギが見えた。どうやら時間ギリギリまで連れまわされていたらしい。さくらさんは既に帰りたそうだ。
それにしても・・・可愛いウサギの女の子が接客してくれると妄想してこのクラスにくるなんてどんな罰ゲームだ。
”可愛い動物がいっぱい!動物カフェ!”と書いてある看板に、”教室に入るまでが天国です”と付け足してあげたい。この学校の評判を落とさないためにも。
「お待たせ、着替えてくる」
「うん」
更衣室に向かうさくらさんを僕と倉坂さんで見送った。
「倉坂さんは働きっぱなし?」
「まあね。この学校の文化祭の楽しみって言えば一位をとったクラスに与えられるご褒美。一昨年は焼肉だったらしいから」
「・・・このクラスで?」
「それ以上言ったらビンタ」
ビンタは怖いので黙ることにした。イベントに消極的なさくらさんと違って、倉坂さんはとても楽しんでいる。押し付けられたとしても楽しむのだろうな、彼女は。
そんなに乗り気ならなんとかできなかったものだろうか、出し物。
それを口に出すのはやめてアドバイスを残していくことにした。
「倉坂さん、気付いてるかもしれないけどこの熊怖いよ」
「そう?可愛いでしょ」
気付いてなかったか・・・。
「ハル」
着替えの済んだらしいさくらさんに声をかけられる。脱いだウサギを倉坂さんに渡している。衣装トレードしたらいいのに。
「行ってらっしゃい」
「頑張ってね」
さっきの僕と佐々木さんのような会話を2人がして、そのままさくらさんに腕を掴まれる。どこか行きたいところでもあるのだろうか。
うきうきとした彼女の横顔を見つめる。楽しそうで何よりだ。
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