秋_思い出【1】
僕らの思い出が増えていくにつれ、不安も増えていった。
日常にあるものこそ、失ったときの穴は大きい。
今までは特別だったものが日常になった時、あるかわからなかったものが、あるのが当然になってしまったとき。
怖い、怖いんだ。
日常になってしまうことが。
そう、倉坂さんに零した。
彼女は眉を下げて笑った。「そうね」と。
いつも強気な彼女が弱気になっているのを見て、さくらさんが僕らの中でいかに大きな存在かを知る。
簡単な口約束でもさくらさんは破ることをしない。そんな彼女に甘えてしまっている自分がいることには気づいていた。
彼女はいなくならない。僕らと一緒に歩いて行ってくれる。そんな確証はどこにもない。いつでも、どこへだって行けるんだ。彼女の人生は彼女のものなのだから。
彼女が生きる選択をして、それは世界が広がるということだ。僕ら以外にだって彼女と友達になれる人はいっぱいいる。むしろ、僕たちが友達になれたことが奇跡とでも言うように、彼女はたくさんの人に愛される。
皮肉屋な僕は、「僕なんか」「僕ごときが」とうなだれて、その間に彼女はどんどん進んでいってしまう。置いていかれたくない。彼女の隣を歩いていたい。
「つら・・・」
前日に大雨の中傘を差さずに帰った僕は、次の日見事に熱を出した。何故傘を差さなかったのか、傘は持って行っていたはずだ。どうしてだっけ。意識が朦朧としてうまく頭が働かない。
久しぶりの高熱のせいか、嫌な夢を見た。
さくらさんが僕から離れて別の友達のところへ行って、それは倉坂さんでも俊くんでもなく僕の知らない人で。名前を呼んだ時振り返った彼女は僕を見て__。
よくないな、ネガティブ。
痛む体を起こして冷蔵庫に向かう。水分補給を忘れていた。
「休もうか?」と言った母を無理やり仕事に行かせておいてこのざまだ。一人では何もできないことを思い知らされる。
僕のマイナス思考は調子の悪い時にこそよく、働き僕のメンタルを粉々に潰そうとしてくる。元々粉々だというのに。煎じて飲むつもりだろうか・・・。こういう時は発言も面白みをなくすらしい。
「あー」
立ち眩みに対抗しようとして声を出してみる。が、効き目なし。当たり前だ。そんな対処法聞いたこともない。
お母さんが温めて食べてね、と言って置いて行ったお昼ご飯を素直に温める。12時半・・・昼休みだ。
僕が言わなくても俊くんによって伝わっただろうけど、念のため滅多に稼働しないSNSのグループで「発熱で欠席します」と連絡しておいた。
それぞれ心配する言葉が送られてきて瞼が熱くなった。発熱時の涙脆さといったら異常だと思う。いや、普段からか?
少し寝るつもりが夕方になっていた。カラスが鳴いている。いつにも増して声がガラガラだ。この場合調子がいいのか悪いのかどっちなのだろうか。
馬鹿なことを考えているとインターホンが鳴った。
重い体を引きずりながら玄関まで行く。途中にあるモニターを映すと、俊くんがいた。
「部活は?」と扉を開けながら聞くと「切り上げてきた」と涼しい顔で言う俊くん。そこまでして来なくても・・・と思ったけれど優しさは素直に受け取る。
「ありがとう」
「おー」
「ちなみにそこにいるのは?」
玄関の柵の影からひょこりと頭を覗かせている人がいた。不審者すぎる。
俊くんはくるりと振り返って溜め息を吐いた。まさかの気付いてなかったパターンか。
「何してんだよ」
彼が近づくと自ら姿を現した。
「倉坂さん、」
すぐにその後ろからもう1人出てきた。
「大丈夫?」
「さくらさん・・・」
驚いた。彼女がまさか来るとは。喫茶店に行く以外は真っ直ぐ帰っていたから、無駄足はしないタイプかと思っていた。
「だっていつも無難にいるあんたが休みだから気になって・・・」
倉坂さんはそっぽを向きながらそう言った。
地味に酷い。無難にいるって・・・。空気レベルということか。いて邪魔になる存在と言われないだけましなのかもしれない。ポジティブが僕の荒んだ心を癒した。
「ほら、布団に行け。まだ治ってないだろ」
俊くんに背中を押され自分の部屋まで戻る。2人は「お邪魔します」と言いながらついてくる。俊くんはもはや慣れ過ぎてただいまを言いそうな勢いだ。無言で入ったけれども。
僕が布団に横になると俊くんは忙しく動き始めた。自分の家かと思うほどに慣れている。
氷嚢を交換して僕に水分を渡し、自分の飲み物と2人へのお茶出しもした。主婦もびっくりだ。途中で「あんたの家みたいね」と言った倉坂さんに対して「まあな」とだけ言った俊くん。いや褒めてないって。
しばらく動いて落ち着いた俊くんは僕の寝ているベッドの淵に座った。
うつすようなものではないけれど念のためマスクをする。
「で、大丈夫なの?」
まるでお母さんのように心配してくる倉坂さん。
自分の中で「別に心配してないし」という彼女と「体調管理しっかりさせないと」という彼女が戦っているように見える。
「多分。ただの風邪だと思うから、明日には治ると思う」
「ならいいけど・・・」
ホッとした様子の倉坂さんは鞄から封筒を取り出した。表には黒いペンで僕の名前が書かれている。僕宛のようだ。
「これ、学校で配った手紙とか、授業の課題とか」
ありがとう、と受け取って数秒後ある疑問が浮かんだ。
「同じクラスじゃないよね?」
「あんたの相方に渡すのは不安だからって、最近話してるの見た担任が私に」
「ああ、なるほど」
どれだけ信頼されてないんだろう俊くんは。当の本人を見ると、本棚にある漫画を手に取って読みふけっている。この封筒が自分に渡されなかった理由、彼は知っているんだろうか。
「もう少しで文化祭なんだから、クラスに迷惑かかるんじゃない」
少しでも皮肉を入れようとした彼女なりの精一杯らしい。表情には罪悪感が滲んでいる。演技が下手すぎる・・・。
「大丈夫。僕クラスで特に係とかないから」
安心させるつもりでそう言うと倉坂さんには憐みの表情で見られた。まあ、忙しく動く彼女には理解されないだろう。きっとまさに空気なんだと思う。発言しなければその場にいないことになる僕の存在感のなさ。我ながら素晴らしいものがあると感じている。
「いや、係あるぞ春太」
今まで会話に入らなかった俊くんがいきなり口を開いた。視線は漫画にいったままなのに。
「え?」
「あれ全員参加だろ。お前裏方、カフェの調理担当」
「そんな馬鹿な・・・」
絶望的だ。そこそこ人と関わらなきゃいけないじゃないか。あのクラスで僕のことはあまり浸透していないのに。
「俺が推薦した。お前料理できるだろ、だから。俺は接客」
「ええー・・・」
推薦だったとは。僕のいないときに決められたのかもしれない。授業中寝ない僕は係を決める時間もしっかり起きていた。
俊くんが強制的に接客にされる瞬間を微笑ましく見守っていたはずだ。俊くんだけにお客さんが殺到するんだろうなーと。
裏方なんて特にお客さんの入りが響いてくる。人気者がちやほやされる裏で馬車馬のように働くのか・・・。
絶望に浸っているとさくらさんが「じゃあハルとは回れなさそうだね」とぼやいた。それを倉坂さんは聞き逃さなかった。
「何言ってるの!さくらちゃんは私と呼び込み!」
「・・・え」
「当日は委員会から解放されてクラスの方に行けるから、さくらちゃんは私と同じ係にしといたの!」
驚きすぎて言葉が出ないらしいさくらさん。
それはそうだ。基本的に人と関わり合いを持たないさくらさんが呼び込みなんて。僕よりも酷いじゃないか。心の中で手を合わせる。文化祭はみんな忙しそうだ。
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