秋_理由【5】
文化祭の準備で慌ただしく進む時間の中で、屋上だけが別世界のように切り取られていた。
僕たちを急かすものは何もなくて、しいて言うなら昼休み終了の合図だけ。
部活に所属していなくて、クラスの活動にも積極的に参加しない人間なんてそんなものだと思う。きっと僕ら以外にもいるはずだ。
柵に寄り掛かる彼女の視線は校庭を囲む木に向かっていた。
春に去れば桃色の花を満開に咲かせて、夏は緑が包み、秋を超えて冬に散る。桜の木がこの学校のシンボルとなるのは春だけではなかった。冬にはライトアップされ、綺麗な光を放つ。シーズンじゃなくても輝ける桜に僕は嫉妬心さえ燃やしていた。
「花見は好き?」
もう葉を散り始める桜の木に視線を集中させる彼女にそんな質問を投げかける。
「どうして?」
こちらに向きなおった彼女は不思議そうに首を傾げた。顔の傷はだんだん癒えてきていた。ガーゼをとっても驚かないくらいには。
「名前的に・・・愛着もったりするのかなっ、て」
「ハルにしては随分安直な考えだね」
自分でも薄々思っていたことを指摘されて恥ずかしくなる。
やっぱり頭に浮かんだ言葉は口に出す前に一旦自分の中で会議にかけたほうがいい。返事は遅くなっても、恥ずかしい思いをするよりは全然ましだ。
「・・・好きっていうか、行ったことがないって言ったほうが確かかな。春は特にお父さん忙しいから、行く暇なくて」
寂しそうにそう答えたさくらさん。彼女の子どもの頃が見えるようだ。明るくて、でも我がままを言わなくて、聞き分けの良いふりをしてこっそり泣く。
お花見に行ったら、彼女は自分の名前を好きになるんだろうか。前向きになれるんだろうか。
「・・・4月が誕生日だったりする?」
彼女が安直だと言って笑ってくれればいいな。そんな気持ちで軽く口にした質問は意外にも当たってしまったようで。
「あたり」
「君の両親も大分安直だと思うよ」
「反論はないわ」
家族のことを口にしたからと言って彼女が困った顔をすることはない。本当に家族のことが好きなんだ。大切に思っているんだ。
それなら尚更裏切られた気持ちになったんじゃないかと僕のあったことのないかこのさくらさんに思いを馳せる。
ここで笑ってるさくらさんだけじゃなく、過去の桜さんをも幸せにしてあげたい。そんなこと不可能だし、言葉にしたら笑い飛ばされてしまうのだろうけど。
「・・・春になったら、お花見に行きたいね。みんなで」
桜の下で笑う君を見てみたい。きっと綺麗だろうな。
「ハルが連れてってね。すごい良い場所、期待してる」
柵に勢いよく飛びついて、僕から視線を逸らした彼女。
僕は驚いていて、「危ないよ」と注意することもできなかった。
「期待されるとやりづらいな・・・」
はは、と笑ったけどどんな表情をしていいのかわからなかった。
彼女との未来の約束。そんな幸せなことがあるだろうかと耳を疑った。今すぐにでも2人のもとに走って行って日にちを決めてしまいたいくらいに。
彼女は春まで生きる。そう言われているようで、彼女の命を伸ばせた気がした。まだ僕らと一緒にいてくれると、そう思ってくれていると。
「倉坂さんのお弁当は絶対豪華だと思うよ」
「全部桃色で埋め尽くされてるかも」
「それはそれで美味しいのかな?」
他愛もない会話が僕らの未来への道を作っていく。想像することでさらに喜びが増した。未来の僕の隣にも、彼女がいてくれるんだ。きっと、笑顔で。
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