秋_理由【3】



「野中くん!」

 文化祭で忙しいであろう倉坂さんが一限目が終わってすぐ、僕らのクラスへと姿を見せた。その様子からは急いでいる様子が窺えて、僕は急いで扉へ駆け寄った。

「何かあった?」

 荒い息を落ち着かせるように深呼吸した倉坂さんの口から飛び出したのは、予想していない展開を連れてきた。

「さくらちゃん・・・前に旅行でお腹に痣があったって言ったでしょ?」

「・・・うん」

 思い出し、相槌を打つ。

「今日顔にガーゼしてきて、横からちょっと見えたんだけど痣っぽくて・・・ねえ、これって繋がってるのかな?」

 さくらさんよりも倉坂さんが痛がっているように思えるほど悲痛の表情が覆っていく。驚いただろう。僕だったら驚いて見ようともしないかもしれない。少しでも状況を知ろうとした倉坂さんは人の痛みをわかれる人だ。

「私今日も昼休み行けないから、」

「わかった。できるだけ聞いてみる」

 「お願い」と力を入れてそう言った倉坂さんは急いで教室へと戻っていった。次の時間は移動だったのかもしれない。

 時計を見るとすでに授業は始まっていて、先生が来ていないだけだった。

「どうした」

 倉坂さんが僕を呼んだ時に目を覚ましていた俊くんは、僕が席に着くなりそう尋ねた。この情報は共有しないと。少しでも解決策を探せるように。

 聞いたことをそのまま話すと「なんだそれ・・・」と落胆の表情を見せた俊くん。

 昨日の放課後はまた喫茶店に足を運んでいた。その時は顔に怪我などなかった。学校で怪我をした可能性はまずない。じゃあどこで?

 お腹にあったっていう痣。それだって夏休み中は彼女が会うとしたらバイト先の人間か、家族か、僕ら。偶然つく傷ではないはずだ。

 嫌な可能性しか頭をよぎらない。消去法で消してしまうとそれしか残ってくれない。何か別の可能性を探そうとしても無駄だった。僕らが踏み込める場所には限度がある。その限度は僕が勝手に設定しただけのものなのかもしれない。でも、限界はあるんだ。見えない壁が。いくら僕に話してくれるようになったからと言って、なんでもじゃない。話してくれるようになった時に話せないことこそ、立ち入っちゃいけない場所なのだと思う。

「大丈夫か、春太」

「僕は大丈夫だよ」

 頭の中で考えてパンクしそうになる僕を俊くんが心配する。要領が悪いのに、僕は時々考えすぎる。

 考えるより行動しないといけない。今回の場合は特に。


 今日は運悪く雨が降っていた。屋上に出ることはできない。

 お昼休みになってから一度さくらさんが教室にいないことを確認してから屋上へと向かう。階段を登りきると、踊り場に座るさくらさんの姿があった。

 少し回って彼女の顔が見える位置に座る。倉坂さんの言った通り、顔にガーゼが貼られていた。思ったより大きいからか、傷が見えたわけじゃないのに痛々しい。

 彼女は疲れているようだった。壁にもたれかかって微動だにしない。瞬きをしているから起きてはいるけれど、特に反応がない。

 さくらさんの教室に寄った時に倉坂さんに渡されたお弁当を広げる。

 「はい」と箸を渡すと、控えめに「うん」と返事をして受け取った。

 いつもの彼女が強そうに見えるわけじゃないけれど、今日はとても弱く見えて、言葉をぶつけただけでいなくなってしまいそうだった。「頑張れ」なんて気軽に言えるような状態じゃない。「頼って」と言ってもすり抜けていってしまいそうで。

「それ、どうしたの」

 何の気なしに、そう聞こえるように言葉を選ぶ。今ふと気づいて、気になったと言わんばかりも口調で。

「どうしたんだろうね」

 彼女はお弁当に手を伸ばしながら静かに言った。

「・・・僕が質問してるんだけど」

「答えないつもりで聞き返したんだけど」

 僕が丈夫に貼った仮面が剥がれていく。動揺しないようにと押さえつけているのに、声が震えそうになる。

 踏み入れるのはここまでだったか。悪足掻きをする。

「どうしても言いたくない?」

 顔を覗き込むと、覇気のない瞳が揺れ動いた。泣いてしまうんじゃないかと、そう思った。彼女が僕の前で涙を流すなんて、ありえないとわかっているのに。

 顔を背けた彼女が「母親がね、」と呟いた。

「私のこと好きじゃないから」

 言いながら、泣きそうになっている癖に、一度話始めたからかそのまま進む。言葉すればするほど自分が傷つく癖に。僕は君が傷つくのだったら何も聞かなくていいのに。





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