秋_理由【2】
放課後、僕とさくらさんは喫茶店に行った。
最近では店員さんとも仲良くなって、飲み物をサービスしてくれることもある。たまに会話に入ってきたり。だからここに来るってわけじゃないけど。雰囲気がいいのだと思う。話しやすい空気が漂ってる。
「なんか聞きたそうだね」
先に言葉を発したのは彼女だった。
昼休みの会話もあってか、何を話せばいいかわからなかった。そのくせ、放課後さくらさんに喫茶店に行かないかと誘われたとき、二つ返事で行くことを決めた。
「今は、楽しい?」
僕のそんなずるい問いに「うん」とだけ答えた彼女。
何が楽しいのか、そこまでは聞けない。きっと僕の中で、彼女の言った”笑えない世界”という言葉が引っ掛かっていたのだと思う。
今が楽しいからといって彼女がこのまま生き続ける理由にはならない。それでも、彼女に今楽しいか聞いたのはただの僕の自己満足なのだろう。そんな自分に嫌気がさす。誰も救えていないじゃないか。
「夏休み、こんなに充実したことはなかったかな」
懐かしむように彼女は言った。グラスに入った氷をストローでつつきながら。
「旅行とか、花火とか・・・祭りとか」
旅行や夏祭り以外にも、何回も僕らは集まった。することがなくてもただ喋ったりするだけのために。彼女との時間が一日でも惜しいというように。
「昔から引っ越したりが多かったから・・・そのことに気付いてから友達をつくらなくなった。結局、すぐにどこかに行っちゃうんだって」
「そーだね」
彼女が言っていた転勤族であった話を思い出した。
「それが悪かったのか、高校に入って転校しないってわかっても友達がうまくつくれなかった。今までどうやって話しかけてたのかも忘れた」
廊下で見た一人ぼっちの彼女を思い出す。その背中は悲しいというより、退屈さがあって。一人には慣れているけど、それじゃあつまらないと感じていたのかもしれない。慣れは怖い。自分を動かす気力を奪っていく。
「あの日より前も、屋上に行ってたりしたの?」
「まあ、何回か」
「一回も会わなかったね。結構行ってたんだけど」
「どこかですれ違ってたのかも」
僕がお昼を一人で過ごすような人間じゃなかったら屋上通いはしてないし、あの日彼女に会うことも、そのせいでこんなに悩むこともなかったのだと思う。今となっては会わない選択肢はなかった。知らずに過ごすより、知って悩んだほうが何倍も、何百倍もまし。そう思えるようになったのはさくらさんのことを知ったから。
意外に寂しがりやだったり、冷たいように見えて温かかったり。どれも、彼女が生きていることを僕に実感させてくれる。
「幸せって思う?」
またずるいことを聞く。彼女なら許してくれると思っているのだろうか、僕は。
「そうだね。少なくとも最近は、幸せかな」
プラスな言葉を言っているはずなのに表情にはマイナスの感情があって、彼女のことを全部知っているわけじゃないからその意味も知らない。彼女は笑えることを知ってしまったから、無表情でそんな顔をしてるわけじゃないってわかってしまったから。
「幸せは、君に生きようって思わせることはないのかな」
僕はどんどん傲慢になるし、勇気を持つ。
彼女を数くために、僕が救われるために。
「私にとって幸せは・・・」
僕のした質問に、悩みながらも、考えながらも言葉を紡いでくれる。あんたは知らなくていいって突き放すような視線はない。
「私にとってはね。幸せはゴールじゃなくて、むしろ始まりで。私のゴールは月重なった黒い感情が私を飲み込んだ時・・・本当の終わりってそういうことだと思うんだ。幸せがあったから黒いものが全部なくなるわけじゃなくて、どっちも同じように重なってって、私欲張りだから・・・ハルにあって余計に欲張りになっちゃったから、幸せはあればあるほど幸せで終わりがなくて、でも私の中にゆっくり積もってく悪いものにはいつか限界が来て、」
ずっと焦るように話していた彼女が一旦言葉を切った。そして続ける。
「結局いつかはこうなっちゃうんだ」
俯いていた彼女がぱっと上を向いて下手な笑いを僕に向ける。
そんな顔させたかったわけじゃないのに。君が幸せならそれがいいって僕はずっと思ってたのに。
それじゃあどうすればいいんだ。幸せだけじゃ駄目で、彼女の黒いものを消す方法は?彼女を良いほうにだけ引っ張っていく方法は?何を調べたらわかるんだろう。
これ以上彼女を不安にさせてはいけないのに言葉がうまく出てこない。
責めたいわけじゃないのに、そんな言葉しか出てこない。
「僕が笑える世界にしても君はいなくなるってこと・・・?」
彼女が力なく頷く。下手な笑顔を崩さないまま。
「それでも僕は頑張るから。君の選択肢にない答えを出すから」
「うん」
笑顔が歪んだ。
泣いてくれればいいのに。そうすれば素直に僕は君に駆け寄ることができるのに。いや、泣いてくれなくても側にいられるようにならなくちゃ。誰よりも頼れるようにならないと・・・。
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