秋_理由【1】
夏休みは明けて、いつも通りの日常が戻ってきた。
変わったことは、みんなが集まる回数が減ったこと。
秋には文化祭が控えていて、倉坂さんは色々と関わっているらしく昼休みは忙しい。話によると放課後も忙しいらしい。
俊くんは夏休みの試合でいい結果だったから、さらに力を入れて部活に励んでいる。帰宅はいつも夜遅いらしい。女子の黄色い声援も増えて、今まで以上に授業中よく眠るようになった。
そんなこんなで、最初の頃の僕とさくらさんだけの屋上になることが増えた。
最近はめっきり二人になることはなかったので久しぶりの距離感に戸惑ったけど、最初に比べて色々と話してくれるようになった。
特に家族のことは。
「お父さんは、いい人かな。誕生日はわざわざ帰ってきてくれたり、無理でもプレゼントを送ってくれたり」
「優しいね」
「うん」
横顔は、いつもよりリラックスしているようで、和らいでいた。彼女にこんな表情をさせることができるお父さんを、心から尊敬する。
それと同時に、彼女が必要以上にお父さんのことだけを話すことも気にかかった。
「優しい君のお父さんの存在は、君の心を落ち着かせているんだね」
僕の言葉に彼女はフッと笑った。
「そう、なのかも」
彼女のお父さんの話をしていたら、なんだか会ったこともないお父さんのことを懐かしく感じた。お母さんの話の中では、とてもお人好しだったらしいけど。
「お父さんか・・・」
「ハルのお母さんも話聞いてるといい人じゃない。楽しそう」
「まあ、楽しいね」
今朝家を出るとき、少し寝坊したお母さんがパジャマを着たまま家を出ようとしていたことを思い出した。普通の人ならそんな失敗しないだろうと思うけど、それをやってしまうのが僕のお母さんだ。お陰で僕は毎日退屈しない。
「ハルって、なんか大人びてるよね?」
何を思ったのか、突然彼女が僕のほうに向きなおってそう言った。
疑問形で言われても、大人びてるって言葉に対して肯定していいものだろうか。
「って言うか、君に言われたくないよ」
さくらさんは何て言うか、学校の中でみんなと同じ制服を着ていても、いい意味で同じ歳に見えない。纏っている空気が違うのか、そもそも存在が特殊なのか、それはわからないけど。
「いや、私の場合は・・・生意気って感じなんだと思う」
「自覚症状はあったんだね」
「でもハルは落ち着いてるって言うか、羽目を外したりしなさそう」
僕の言葉を完全にスルーしてそう言った。
羽目を外さないことが大人かと言われるとそうじゃない。殻を破れないってことでもあって、マイナスにもとれる。
「そう思われることは悪いことではないけど。真面目なだけだよきっと」
「それは言えてる」
一応謙遜を込めて言ったのにそこを否定されないと悲しくなる。彼女のことを見ると無表情のまま空を見ていた。
このまま飛んでいきたいとか、ファンシーなこと考えたりしているんだろうか。彼女が考えると、それはもうファンシーじゃないのかもしれないけど。
柵に寄り掛かっている彼女を不安気に見つめる僕に彼女は気づいたのだと思う。言い訳のように、あの日飛び降りようとした理由を話した。
「別に死にたいって思ったわけじゃない。逃げたいって思ったんだ」
その目は、嘘を言っていなかった。死ぬという決断は、逃げる場所がなかったからなのかもしれない。逃げる場所があれば、ああはなっていなかったのかも。
「どこから、逃げるの」
「・・・笑えないこの世界から」
彼女が教室に戻ってから、柵に寄り掛かり、彼女がいつも見ている景色を見る。
何ら変哲のない景色。街並みがあって、空があって、人がいて。
真下を見る。
4階まである校舎のさらにその上。屋上から見る地面は、いつも僕が歩いている地面には見えなくて、冷たくて暗い、すべてを飲み込んでしまいそうなものに見えた。
この世界はそんな暗い場所に行きたくなるほど酷いものだったのだろうか。僕にはわからない。所詮僕は僕で、彼女は彼女だ。わかってたまるか。
ただ、それを知ることができたのなら、これからの彼女の選択肢を一つ減らすことができるんじゃないかと思った。
自惚れじゃない。彼女になれば、彼女の意思もわかる。
「はは・・・」
こんな現実味のないことに逃げないといけないほど僕は追い詰められている。
「ハルには無理」と言われる日が近づいている気がする。まだ聞こえない足音に恐怖を覚える。
助けて・・・こんな弱い僕を、誰か。
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