夏_不安【3】
次の日、中々起きない俊くんを最後の手段で叩き起こし、桜アート展を観に行った。
さくらさんは勿論、倉坂さんも楽しんでいて、元気が出ているようでほっとした。倉坂さんは暗い時でも明るく接してくれる。だからこそ、心から楽しんでくれていると思うときは僕も嬉しい。みんなが楽しめることが一番だと思うから。
「すごーい」
心からの言葉なのだろう。倉坂さんには珍しく語彙力がない。俊くんも静かに見入っていて、みんなのことを見過ぎて出遅れたけど、見に来てよかったと思える場所だった。
余韻を残したまま僕らは帰路につくことになった。電車の中では、次の予定について話し合った。
「次は夏祭りよ!」
倉坂さんの力の入りようがすごい。初めて行く人並みだと思う。
「やっぱり夏祭りはたこ焼きだ」
「え、お好み焼きよ」
大阪の人なのだろうかと思うほどに粉ものを押す二人を見ているのが面白かった。さくらさんもそうだったらしく、静かに笑みをこぼしている。
「さくらさんは?夏祭りと言えば」
彼女が夏祭りを楽しんでいる姿は想像できないけど、好きなものが一つはあるんじゃないかという期待を込めた。
「行ったことないんだよね・・・」
「そうなの!?なら行かないと!おすすめはねぇ、お好み焼き!」
倉坂さんが会話に入ってきて俊くんとの喧嘩にさくらさんを巻き込もうとしている。
夏祭りは青春という言葉が似合わない僕でも行ったことがある。つまりは青春という言葉を覚える前の思い出なんだけど。
再び粉もの戦争が始まったので下手に「僕は型抜きかな」なんて言えなくなった。
ぐいぐい倉坂さんに押されているけど、それも楽しそうだ。
「じゃあ、次は夏祭りに」
「うん」
「そうね」
「わかった」
僕が言うとそれぞれが言葉を返して帰っていった。俊くんとは帰り道が同じなので一緒だけど。
道が分かれるところまで他愛もない会話をして、きっと俊くんなりに気を遣ってのことだったのだろうけど、さくらさんの話は出なかった。その話は僕を追い詰めてしまうと思ったのかもしれない。確かにそう。今の僕は、彼女の悪い変化を聞くのが怖い。
「気をつけて帰れよ」
「俊くんもね」
襲われても立ち向かえそうな俊くんにいらない心配を返して別れる。
帰り道は、いつもより暗く孤独に感じた。
「あんたまた間違えそうになったでしょ」
夏祭りの集合場所は、わかりやすい公園だったのに、またしも僕は間違えた。集合場所に辿り着かない呪いでもかけられているのだろうか。
女子二人が先に来ていた。どちらも浴衣を着ていて、普段より大人しく感じた。特に倉坂さんは。
「どうよ」
ドヤ顔でさくらさんを前に押し出す倉坂さん。これはさくらさんだけを褒めるのが正解なのだろうか。曖昧にしておいたほうが無難なのかな。
「似合ってるね、きれいだよ」
笑顔を作ってそう言うと、二人が無言で固まった。
曖昧にしたのが問題だったのだろうか、と不安になる。
「あんた、普段からそんな感じ?」
「そう、だけど」
「だとしたら・・・何でもない」
何かを誤魔化された気がしたけど、気にしないことにした。あまり踏み込むと僕が傷つきそうな気がしたから。
「よっ」
後ろから頭を掴まれて、振り返ると俊くんだった。時間ぴったりだ。
「浴衣か。大人しく見えるな」
「ちょ、俊くん」
デリカシーのない発言を止めようとすると、「まああんたはそうよね」と倉坂さんが溜め息を吐いた。俊くんの扱いに慣れてきたらしい。これはいい慣れ方、なのだろうか。
さっそく、と言わんばかりにたこ焼きに並びに行く俊くんとお好み焼きに並ぶ倉坂さん。僕は二人が並んでいる間近くにあった型抜きに行った。空いていたのですぐにできた。
気付くとさくらさんが横にいた。
「これが好きなの?」
「そうだね。没頭できて」
適当に相槌を打ちながらのめりこんでいると、うまくできた後でさくらさんが笑っていることに気付いた。
そういえば、お好み焼きについていかなくてよかったのだろうか。この前すごく押されていたのに。
「夢中になりすぎ、意外だった」
笑いながらそう言うさくらさんに、僕の好きなものが地味でよかったな、と初めて思えた気がする。小学校の頃は大体同級生に見つかった時馬鹿にされていたから。
「意外かな?」
「ハルは・・・綿あめ食べてそう」
「ファンシーなの?」
「うん・・・イメージね」
そうなんだ・・・と思いつつ綿あめの屋台を見つける。明らかに小さい女の子か男の子くらいしか買っていない。あそこに僕が並ぶのは謎過ぎる。むしろさくらさんが挑戦してみればいいと思う。似合うと思うけどな、綿あめ。
粉ものの二人が合流して、休憩のためにベンチに座る。
僕らの分も買ってくれたらしいけど、やっぱりお好み焼きとたこ焼きしかなかった。
「飲み物買ってくるね」
そう言って立ち上がり、近くの自販機を探す。
さくらさんはお好み焼きを押し付けられているので立ち上がれない。それをいいことに人混みに紛れる。
さて、綿あめはどこかな。
さくらさんの好奇心のために羞恥心を振り払うことにした。
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