夏_不安【2】
花火の後はそれぞれ部屋に戻って自由時間となった。
旅館の部屋は男女で別れて二部屋。温泉は部屋にもあるしそれ以外もある。俊くんは温泉が好きなので「よし」と意気込んで強制で僕を連れていく。僕は嫌いじゃないけど好んでは行かない。あの”裸の仲”的な空気が苦手だ。僕の勝手な思い込みかもしれないけど。
「やっぱり広い風呂は気持ちいいな・・・」
「うん」
たまたま僕らしか人がいなかったので、特に気にせず温泉を楽しむことができた。いや、訂正。露天風呂にいた。
「さっき2人で話してたけど、何か気になることあったか?」
俊くんはさくらさんと二人になることがまずないので、何か気付いたとしたら僕か倉坂さんだとふんでいる。確かにそうかもしれない。でも俊くんは倉坂さんと二人になる時間が多かったように感じるけど、特に何もなかったんだろうか。
「特に・・・明日にでも倉坂さんに聞いてみようかなって」
気付いたことがなかったわけじゃない。いきなり家族の話を振ってきたことには理由があるのかもしれない。ただそれは決定的なものではないし、気付いたこととして話していいのかがわからない。
「そっか」
「うん。ごめんね、役に立たなくて」
俯きがちになった僕に俊くんがお湯をかけた。
「うわっ」
「馬鹿。役に立ってんだろ、そんなこと言うな」
顔にかかったお湯を拭うと、少し怒った俊くんの顔が見えた。また怒らせてしまった。
「わかった」
頷いて少し距離をとる。水をかけられたりするのが苦手だ。というか水に苦手意識があるのかもしれない。
「逃げんなよ。もうやんねーから」
「はは・・・」
ばれていた・・・。ゆっくりと側に戻ると、顔にタオルをかけた俊くんが溜め息を吐いたのがわかった。
倉坂さんと一緒にいた俊くんなら、彼女の元気がないのもわかったのだろう。みんな、さくらさんに見えないところでは笑顔になれない。どうしても最悪の結末を想像してしまうのだと思う。
「肩の力入れすぎると凝るから」という謎の助言を言い放って俊くんは眠りについた。布団に入ってから寝息を立てるまでがとても速い。運動部ならではなのだろうか。
布団に入ってもすぐに寝ることのできない僕は、少し疲れれば寝れるかもしれないと思い部屋を出る。外は寒い。ラウンジまで行って戻ってこよう。
ラウンジに行くと倉坂さんがいた。動かないから眠いってしまっているのかとも思ったけど、目は開けたまま何かを考えているようだった。
「倉坂さん」
後ろから呼ぶとびくっと肩を震わせ、後ろを振り返って「・・・あんたか」と安どの表情を浮かべた。驚かせてしまったようだ。
「ごめん」と背後から忍び寄る形になったことを謝ると、「別に」と元気のない返事が返ってきた。
「あんたさあ、さくらちゃんが怪我してるとことか、見たことある?」
言おうか迷ったのだと思う。きっと言い終えた今も言ってよかったのか迷っている。瞳は僕を見ているようでみていない。
「ないよ」
倉坂さんの質問の意図を汲み取ると、さくらさんが何かしらの怪我を負っていることに気付いたのかもしれない。
「こんなこと・・・でも言わないと。温泉に行った時、さくらちゃんは隠してたみたいだけど、お腹に痣があって」
ここら辺、と自分の体で位置を教える倉坂さん。その位置をはっきり見れない僕は臆病者だろうか。倉坂さんが話してくれたというのに。僕はその気持ちを無駄にしているのかもしれない。
「さくらちゃん、学校で虐められたりなんかしてない。むしろ孤立じゃないけど、誰とも関わろうとしないから、虐められる理由だってない。それなのに何で命を落とそうとしたの?私の考え方が狭いのかもしれないけど、さくらちゃんが傷ついてるのはっ、」
燃え上がった彼女を僕には止められなかった。だから彼女は自分で自分を止めた。これ以上はいけないと言うように。
「ごめん・・・」
倉坂さんがここまで感情的になるのはさくらさんを思っているからだ。それに対して謝る必要はないし、むしろ僕が彼女に謝るべきだとも思う。重いものを背負わせて、ここまで苦しんでいる。さくらさんにとっていいと感じたことが、そのまま倉坂さんにとってもいいことだとは限らないと、僕はずっと前に気付くべきだったんだ。
燃え尽きたようにソファに寄り掛かる倉坂さんは青ざめていた。
「きっと倉坂さんが考えていること、僕と一緒だと思う。さくらさんを苦しめているのは・・・。でも、そこに立ち入れないんだ。原因がわかったら解決できるわけじゃなかったんだ。むしろそこからが・・・」
言葉を詰まらせて黙り込むと倉坂さんは「どうしよう・・・」と小さく呟いた。さくらさんの為ならなんでもできると、そう思う彼女でさえここまで悩むのだ。さくらさんの背負っているものが、僕らにも背負えるだろうか。背負わせてもらえるだろうか。
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