夏_不安【1】



「美味かった・・・」

 バーベキューが終わってラウンジで花火まで体を休めているとき、俊くんが思い出に浸るように呟いていた。自分で焼いたものは余計に美味しく感じるのかもしれない。世の中の何よりも、といった様子の俊くんを見て苦笑する。倉坂さんは呆れていた。

「まあ楽しかったけど、浸りすぎじゃない?」

 それは言わないであげたほうが・・・なんて遅すぎる。幸せいっぱいの俊くんには聞こえていないようなのでセーフだということにしよう。

 旅館と浜辺は思ったより近かった。旅館に忘れ物してもすぐに戻れて、僕は心配性がたたって何度も戻ったけれど疲れなかった。

 この後の花火は持参だった。俊くんの。とっておきのものを持ってきたらしく、それが理由かはわからないけどいつもよりテンションが高い。口数も多い。それもあって倉坂さんは引き気味だ。

 クールな化けの皮がはがれていくことを残念にも思いつつ、楽しんでくれていることに安堵もした。

 色々話した中ではあるけれど、特に倉坂さんと俊くんは出会って間もない。そんな中での旅行は気を遣っていてもおかしくない。見ているとそんな様子はないけれど。むしろ一番の異性の友達としてうまくやっていけそうだけど。それがわかるまでは不安だったけど。


 少し休んで花火をやろうとした時、俊くんが部屋に花火を忘れていることに気づき、取りに行った。

 さくらさんも忘れ物と言って部屋に戻り、ラウンジには僕と倉坂さんが残った。

 彼女は大きく溜め息を吐いた。

「大丈夫?」

 朝のこともあって、倉坂さんには気を張らせてしまっている。笑顔の裏では心配をして言動に注意を払う。疲れていても可笑しくはない。

「一緒にいれるのは楽しいことだから・・・プラスマイナスで言えばマイナスに傾きそうだけど、なんとかね」

 相当だ。倉坂さがさくらさんに対してネガティブ発言をするなんて。

「ありがとう」

「さくらちゃんのためだから」

 ソファに寝転がり、しばらく動かなくなった倉坂さんはさくらさんの「大丈夫?」の言葉ですぐに復活した。

 その様子を見て、少なくともマイナスには思えなかった。

「よし、行くか」

 いつの間にか戻ってきていた俊くんの掛け声で外に出る。終わった花火を入れるバケツも用意済み。好きなことにはとことん妥協を許さない俊くんらしい。

「うわ!これすごい・・・」

 俊くんの用意してきた珍しい花火に倉坂さんは興奮気味で、趣味が合うらしい二人は声をあげながら熱中していた。

 ベンチに座るさくらさんが見えて、隣に座る。

「・・・楽しい」

「うん。よかった」

 二人をみて「はは」と小さく笑うさくらさんを見て僕も笑う。できればずっとこのままでいたいけれど、そうはいかないのだ。

 何か言わないとさくらさんは話してくれない。でも、その何かを言う勇気は僕に足りないもので、それが僕を止める。これ以上は行くなと。

「ねえハル」

「・・・どうしたの」

 さくらさんは口角をあげたまま黙り込んだ。まるで何かを選んでいるように。その選択肢の中に、僕にすべてを話すようなものは含まれていないのかな。

 彼女が話さないことを僕が無理に聞くことはできない。脳内で自分に都合のいい解釈が生まれていく。こうやって逃げていくんだね、僕は。

「ハルのお母さんはどんな人?」

 さくらさんははしゃぐ二人を見たままで僕に聞いた。

「お母さんは・・・明るい人だよ。僕がこんなだから想像できないかもしれないけど、明るくて温かい人だ。強くて・・・ヒーローみたいな?」

 最後の一言でさくらさんが笑った。”ヒーロー”という例えが面白かったのかもしれない。いつものさくらさんでほっとした。

「じゃあ、お父さんは?」

 笑いが止まって、そう聞かれたとき、どう答えようか迷った。大体の人には気を遣わせてしまう話題だったから。

「お父さんは、昔事故で亡くなって」

「・・・ごめん」

「暗い話じゃないんだ。僕が生まれる前だから、実感湧かないし・・・」

「そーなんだ」

 少しだけ声に明るさが戻った。

 僕にとってお母さんがヒーローなのはきっと、周りの普通の家族と同じように僕が育てているから。いつも笑顔の絶えない明るい家だから。そんな家を作ってきたお母さんはヒーローなんだ。

 さくらさんは薄い笑みをこぼす。他の家庭に踏み込むのは勇気がいる。さくらさんに言われたようには僕は聞けない。でも、ここで終わってしまっては、このままずっと進めないような気がした。

「さくらさんは、お父さんと仲いいよね」

 水族館に行ったときに話したことを思い出した。

 さくらさんは「そう、だね」と苦いものを噛んだような表情になる。僕は距離感を間違えたかもしれない。そう思った。

「おい、もう終わったぞ!」

 俊くんがバケツを持って歩いてきた。満足げな表情をしている。それは倉坂さんも同様だった。

「じゃ、じゃあ戻ろうか」

 気まずい空気を遮るように立ち上がる。

 これでまた話せなくなったら・・・。そう思うと頭が痛くなって、視界が歪んだ。瞼が熱い。なんでこんなことも器用にできないんだろう。

 自分が情けなくてしょうがなかった。




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