夏_平和【5】



「こっちこっち!どこ行ってんのよ!」

 旅行の集合場所は前にさくらさんと水族館に行ったときに待ち合わせにした駅だった。前回の失敗も忘れて像を目印にしてしまったから、倉坂さんと別の像に向かった僕を彼女の大きな声が呼び止めた。

 10分前に集合した僕だったけど倉坂さんはそれよりもはやく来ていた。やっぱり優等生。

「手応えはある?」

 倉坂さんの問いに、僕は一瞬固まった。質問内容の解釈がうまくできなかった。それを察した彼女は具体性を出してもう一度質問をしてくれた。

「あんたの目的はさくらちゃんがこのままずっとあたしたちと生きていくことでしょ?今のところ、前と変わったこととか」

 そこまで言われてやっとわかった。僕が目的を忘れていたわけじゃない。ただ最近は、むしろあの日の屋上の出来事は嘘だったんじゃないかと思うくらいにさくらさんが明るいから、生きていると思えるから・・・。

「前より、というか。笑うようになった。倉坂さんのお陰だよ、ありがとう」

「あんたにお礼を言われる筋合いはないんだけど。私は私のしたいようにしてるだけ」

「それでも、ね」

 今のところ僕に何ができているかはわからない。また自信がなくなってきた。彼女が笑えば笑うほど、僕が何をできるのかがわからなくなってくる。矛盾してる。傲慢だな、僕は。

「・・・あんたって、」

「わりーな遅れて!」

 倉坂さんの言葉を遮るように俊くんが走ってきた。夏休みに入ってから少し焼けた俊くんはなんだか強そうだ。黒いバレー部っていうのも中々に珍しい。

「遅れてないよ。むしろ丁度くらい」

 時計を見て俊くんを励ます。遅刻はするかもしれないと予想していたけど、俊くんは日々成長しているらしい。ちゃんと時間内だ。

 俊くんがきょろきょろと周りを見る。

「あれ、畠山は?」

「途中で何かあったのかな・・・」

 不安そうな顔で電話をかける倉坂さん。俊くんは「まさかあいつが遅刻か?」とニヤニヤしているけど、普通の遅刻とは思えない。そうだったとしても、必ず連絡は来る。

「ああ、大丈夫。まだ時間はあるから・・・うん、気を付けてね」

 連絡が取れたらしい倉坂さんの表情は曇っていて、浮かない表情だった。腑に落ちない、といった様子だ。

「どうかした?」

「なんか・・・可笑しいっていうか、変だったって言うか。もう少しで着くらしい

から大丈夫だと思う、けど」

 どこか引っ掛かる様子でさくらさんのことを僕らに伝える倉坂さん。電話での様子に違和感を感じたらしい。

 唇を噛み締めて不安げな表情の倉坂さんに、僕も考えざるを得なかった。さくらさんはきっと何かあったとしても自分では言わない。僕は無理やり聞き出すことができない。

「倉坂さん。旅行中、ちょっとしたことでもいいから可笑しなところとか変わった様子があったら教えて。僕じゃずっと見ていられるわけじゃないから」

 同性のほうがわかることもあるはず。納得した倉坂さんはゆっくり頷いた。

「ごめん、遅れて」

「ううん!大丈夫!さ、行こー」

 さくらさんを視界にいれるとすぐに笑顔になった倉坂さん。背中を押して駅へと入っていく。外見からは、変化は見られなかった。

「俺らも行くぞ」

 俊くんが僕の腕を引っ張る。

「あ、うん」

 ぱっと顔を上げると、俊くんと目が合った。

「春太・・・」

「背負い込むなよ、でしょ」

「ああ」

 頑張って笑顔を作る。不安にさせちゃいけない。自分が不安な時こそ笑顔でいないと。不安は感染する。

 だから、電車の中で不意に見せたさくらさんの黒い瞳は、僕を不安にさせた。

 今、僕にできることは?





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