夏_平和【4】
無事にみんな合格点をとり、僕たちは夏休みに突入することができた。
ほぼ全部の教科担任が、俊くんにテストを返す時は満面の笑みで、中には泣きそうな先生までいた。そのくらい俊くんの授業態度が酷かったってことだ。夏休みに突入することのできない生徒を満面の笑みで迎える先生はいない。みんな夏休みを生徒に取られたくないのだと思う。まあどうせ出勤するんだろうけど。
倉坂さんは顔色を変えず、「よかったわね」と言った。きっと彼女にとって赤点事態あり得ないことなのだと思う。さくらさんも同様だった。やっぱり彼女はそつなくこなしたのだろう。
終業式の後、以前に集まった喫茶店で待ち合わせた。
倉坂さんは委員の仕事を終えてから、俊くんは部活のミーティングを終えてから。僕とさくらさんは無所属なので真っ直ぐ向かった。
「何か部活入らないの?」
自分が言えたことではないけれど、何かに夢中になっていれば彼女も何もしない空虚感がなくなるんじゃないかと考えた。
「面倒だから。何かに縛られたりするのが」
「僕らが今予定作ってるのは?縛られてない?」
不安になって確認する。
部活動は土日に学校に来たり放課後に練習があったり、そういう場面を縛られていると感じるなら、僕らが立てている休日の予定とか昼休みに屋上へ集まることは、彼女を縛っていることになるんじゃないだろうか。
「それは任意でしょ。私が選んでるから、ね」
”任意”。そっか、そうなんだ。断ろうと思えばいつでも断れる。それでもさくらさんが僕に付き合ってくれるのは、少しはプラスの感情があるってことだ。
ここで「私の人生は今ハルが握ってるからね」なんて言われた時には心が折れて暫く誘えなくなっていたかもしれない。
彼女の答えに浸りつつリュックからファイルを取り出す。
頑張ろうかな。
「お待たせ」
「お疲れ様、俊くん」
「おう」
倉坂さんは少し先に来て、その後に俊くんが来て、相談が始まる。
前回ここで話した旅行の話。メッセージで話すと言っていたけど、昼休みも集まっているし、何故か余裕の空気があって結局話が進まなかった。
「調べて来たんだよ、バーベキューとか花火とかできるとこ」
そう言いながら携帯端末をいじる俊くん。
「これ」と言って、開いたページを全員が見れるようにテーブルの中心に置く。見てる間何回もメッセージが来ていて俊くんの人気者っぷりがうかがえた。
そこは旅館だった。目の前が浜辺で、そこを借りて色々できるらしい。道具も貸してくれるらしく、荷物も多くならなくて助かる。倉坂さんとさくらさんも「いいね」とお互いに意見を言い合っている。
「ただ旅館だからな、ホテルとかよりは・・・かかるけど」
俊くんが指で丸を作ってジェスチャーをする。
「まぁバイトし甲斐があるってものよね」
男前すぎる倉坂さんの意見にさくらさんが頷いている。僕もそう思う。楽しい目的は特に、働いている間も楽しくなる。というか、一番心配なのは俊くん。
「俊くんは?」
部活があってバイトしていないし、お小遣いが多いって話も聞いたことはない。
「短期でバイトすることになってさ、夏休み。親戚のところだから前借する」
「そーなんだ」
清々しいほどに前借を押してくる俊くん。前借ってなんだか働いた時の手応えがなさそうだな、と苦笑いする。でも、あるのとないのとじゃ違うから、俊くんが納得しているのならそれでいいんだろう。
「じゃあ予約しとく」
俊くんが再び携帯端末をいじりだす。頼もしい。
「そこどこだっけ、場所。交通系の予約は私がやる」
「おお、えっと・・・」
二人が場所について話し始めると、僕とさくらさんは手持無沙汰になった。
そういえば、と切り出す。
「夜までとかにやりたいこと、何かない?行きたいとことか」
旅行に行くのだったら観光もあったほうがいいだろうと考えた。もちろん任意。旅館でゆっくりしたいのならそれを優先。
「んー」
二人の会話に混ざって場所を聞くさくらさん。
「ここ行きたい」
さくらさんが僕に見せた画面は、桃色で包まれていた。一瞬、本物かと見間違うほどだ。
「桜・・・のアート展?」
「うん」
概要を見ると、桜に関する写真や絵やアート作品が展示されているらしい。でも、よりによって夏に桜?いう疑問が生じた。ただ、彼女が行きたいというなら行くしか選択肢はない。楽しんでくれるならいい。
「何々?」
俊くんとの相談を終えたらしい倉坂さんがさくらさんに肩をぶつけるように話に入る。
「ここ、行きたいなって」
「桜アート展?いいねぇ、季節外れの桜も悪くない!」
満足そうに頷く倉坂さんだけど、彼女は結局のところさくらさんの意見は全肯定だからその感想には特に真剣味がない。それは僕も変わらないけど。
倉坂さんの大きすぎる反応に苦笑しながらも嬉しそうにするさくらさん。やっぱり同性の友達って大事だ。
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