夏_平和【3】
「終わった・・・」
全力を出し尽くし枯れ木のようになった俊くんは10分ほど机に伏せって起き上がらない。ここで消化しきって夏休み楽しめなかったなんて笑い事じゃないけれど、完璧そうな俊くんが弱っているのを見るのは面白いものだ。
「お疲れ様」
「ああ、ありがとな、春太」
「いーえ」
力の入らない右手を挙げて僕のテスト期間中の頑張りを讃えているらしい。
まあ確かに頑張った。捨てるところは捨てる。それ以外は何が何でも覚えてもらい、朝の俊くんは誰かに話しかけられたらそこですべて吹っ飛んでしまうくらい危うい状況だった。奇跡的にその姿を哀れんだのか誰も話しかけず、僕の計画通りにいけば合格点に届いているはずだ。
抜け殻のような俊くんを連れて屋上に向かう。
テストの日は午前中で終わりだけど、僕らは変わらず屋上でお昼休みを過ごす。
最終日なのでこの後俊くんは部活があるけど、お昼はそれぞれ食べてからの集合で僕はそれを把握していたのでとりあえず連れてきた。
「お疲れーほら、食べて食べて!」
食堂のおばさんのようなねぎらい方でお弁当を勧める倉坂さん。俊くんが頑張っていたことを知っているので、今日は彼の好物が盛り込まれている。
最初のほうこそ脱力状態だった俊くんもそのことに気づき、目を輝かせてお弁当に箸を向けた。まるでお子様プレートを見た幼稚園児のよう・・・。
倉坂さんは頭がいいと僕は勝手に予想している。というかそうであってほしい。努力家で、負けず嫌い。今のところ彼女に抱く印象はそんな感じだ。
さくらさんは無難にこなしそう。悪い点数を取りたくないっていうより、赤点をとって補習を受けるのが嫌だから。
「どーした春太。俺に教えるのに頭使い過ぎた?」
ぼーっとしていた僕の顔を覗き込む俊くん。
「大丈夫大丈夫。自分の勉強で疲れただけだから」
俊くんに教えたことはいいけど、自分の苦手なところを補填するのを忘れていたから、昨日は特に焦って徹夜した。やらなくてもできるタイプじゃない僕には、入念に間違えそうなところをチェックしていく必要がある。
急ぎ過ぎて朝ごはんが食べられなかった僕にとってこのお弁当は貴重なものだ。尊さを感じながら箸を伸ばす。
「とりあえず一件落着かな。後は結果次第だけど」
安堵している俊くんに倉坂さんの一言が刺さっていた。頑張りすぎて結果のことは忘れていたらしい。それが一番大事なんだけどなあ。
「もし駄目だったらそん時はみんなで楽しんでくれ」
「その時はあんたが死ぬ間際まで追い詰めて早々に補習期間終わらせてもらうわよ」
涼しい顔をしてそう言った倉坂さんを俊くんが怯えた目で見ていた。
補習はその間に先生が出すテストで合格点をとってしまえば終わることができる。裏を返せば合格点をとることができなければ夏休みはない。案外意地悪な学校だと思う。だったらある程度の期間決めてその間勉強したほうがましだ。
「ギリギリでいいから赤点回避・・・」
お昼を食べ終えて部活に向かう俊くんは屋上の扉に手をかけた時、そう言い捨てていった。ギリギリでも困るんだけどな。なぜなら授業中の態度を見ればテスト以外の点数はほぼ0だから。
「あんな姿、女子が見たら夢から覚めるんじゃない?」
「僕もそう思う」
つい先日までは倉坂さんも見た目に騙されてたからね、と心の中だけで思っておく。女子に黄色い歓声を向けてほしくなかったら最終手段はそれだろうな。
「木村くんとハルってどんな関係?」
それまで黙々とお弁当を食べていたさくらさんは不意に気になったらしく僕を見た。
「幼馴染で・・・小学校からかな」
「長いね」
「そうかな?高校はどっちも近いところを選んだから一緒になったんだ」
高校まで一緒な理由を簡単に説明すると「バレーでここ来たんじゃないの?」と倉坂さんに聞かれる。そこは結構みんな気になっては驚くことだけど。
「俊くんバレー始めたの高校からだから」
「え・・・だってこの学校のエースでしょ?」
「そうなんだけど、中学ではバスケ部だったから」
「驚いた・・・きっと球技の才能があるのね」
バスケと聞いたことで運動神経の良さが理由になって倉坂さんは納得した。
受験の時、「お前どこ行くの?」と聞かれて、ここを答えたら「じゃあ俺もそこにするわ」と気まぐれで決めてしまったことは言えない・・・。
それこそ僕らの変な関係を疑われかねない。
俊くんの気まぐれさには確かに驚くけど、それでも気まぐれで来たこの学校で活躍している。彼の個性は彼の人生を彩っている。それならそれでいいのかもしれない。
訝しげにこちらを見る倉坂さんに「ははは」と下手な笑いを返した。
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