夏_平和【2】



 喫茶店の帰り道、「実を言うとさ」と俊くんが会話を切り出した。

 それまで無言だったわけではなく、他愛もない会話の中、俊くんが神妙な面持ちになったというだけの話。あの話をしてから、僕らの関係は変わっていない、と思う。そう信じたいだけなのかもしれないけど。

「畠山のこと・・・会話もできないような奴なんじゃないかって思ってた」

 前を向いたまま真っ直ぐに、視線の先には何もないのに何かに置いて行かれてしまったような、そんな表情だった。

「でも普通の奴だった。こんな奴がそんなことしようとしてたのかって考えたら、何が辛かったんだろうなーとかそんなこと思ってて」

「うん」

「お前が畠山に声かけたのは間違ってなかったよ」

 倉坂さんにお礼を言われた時も感じた、くすぐったい感情。僕なんかがって思ってたけど、誰かに認められてもっと頑張らないとって思えた。

 頑張るとか頑張らないとかそういう問題じゃない。僕が預かってるのは人の命だ。それでも、前向きになれた。人間は肯定されないと前を向けないのかもしれない。僕が弱いからそう感じるだけかもしれない。でも、確実に強くなれる。

「ありがとう」

 照れくさくて俯く。地面に伸びた自分の影と目が合った気がした。

「こっちこそ。声かけてくれてサンキューな」

「うん」

 頷くと頭をくしゃくしゃと撫でられた。ぼさぼさになった僕の頭を見て俊くんが笑った。僕は身長が足りなくて届かないけど、笑顔になってくれたのならよかったと思えた。

「春太」

「何?」

「一人で背負い込みすぎんなよ」

 僕の少し前を歩く俊くんの耳が赤くて、苦手なのになんでそうキザな台詞を言おうとするのかなぁと疑問に思いつつ、さりげない優しさに心が温かくなる。

「うん」

 返事をして俊くんの背中を追いかける。




 最初は僕とさくらさんだけだった屋上が、二人加わって明るくなったように感じる。

 倉坂さんはみんなの分のお弁当を作ってくれる。特に俊くんは運動部ならではの食べっぷりで大変だろうに「楽しくてやってるから」と遠慮を許さない。俊くんも、最初こそ遠慮がちだったけれど、倉坂さんの覚悟が響いたらしくどんどん食べるようになった。

 作る側と食べる側と。需要と供給が成り立っているようで供給が追い付かないこともしばしば。それでも毎日違う中身を考えてくれる倉坂さんは、人のために頑張れるすごい人だと実感した。

「おいしい」

「本当!?」

 多分倉坂さん的にはさくらさんの評価が一番で僕らはおまけかもしれないけど、おまけにも手を抜かない姿勢は見習いたい。

「あ、明日からテストか」

「あー思い出した」

 倉坂さんの一言に頭を抱える俊くん。完璧に見える無自覚天然女子キラーの弱点は勉強だった・・・。まあ、世の中そんなに都合よくできているわけでもないからしょうがない。

「木村くんは文武両道タイプかと思ってた」

 ここにも見た目に騙されていた女子が一人。倉坂さん、君もギャップはすごいけどね、とは口が裂けても言わない。

 俊くんが勘違いされる理由は無口だというところにある。いや、喋るときは喋るけど、興味ないことには口を出さないから、女子の前では基本無口。よって、クール=頭いい、の方程式が確立されてしまった。

 文武両道ではないことを知っているのはクラスの女子たちだろう。日頃授業で睡眠時間多めの俊くんは先生にも目をつけられているし、そのせいで授業が度々止まるので一部生徒には期待さえされている。

「今回は頑張らないとね。赤点で補習だと集まれる日にち限られちゃうし」

「そーだよなー・・・」

 僕が心配していたことは俊くんも気にしていたらしく、余計に落ち込んでいた。

 テストの前は一週間ほどかけて僕が要点を教える役目にいつの間にかなっていた。けど今回は部活で俊くんの世代が中心となって頑張っていたからその時間が殆どつくれなかった。そのせいもあってか、今回は特にテンションが低い。

「俊くん今日は部活ないんだっけ」

 部活によってはテストの前日、最中は練習量を減らしてくれる。バレー部の顧問の先生は文武両道の考えを持っているから大体休みになる。

「少しあるけど・・・今回は本当に危ないからって俺だけ強制的に休み」

「あはは・・・」

 勉強時間が増えたことを喜ぶべきか、部活の練習時間が減ったことを悲しむべきか、難しいところに立たされている俊くんはなんとも言えない表情をしていた。

 とりあえず僕は喜ぶほうを選ぶ。

「今日はとことん付き合うから!頑張ろ?」

 顔を覗き込んで励ますと、俊くんの体重が勢いよく乗ってきた。

「つ、つぶれちゃうよ!」

「本当に春太はいい奴だよ・・・」

「ちょっと、気持ち悪いんだけど」

 男同士の絡みに目に悪いものだと言わんばかりに顔を歪ます倉坂さん。さくらさんはただ無言で僕らを眺めている。まさかこういう趣向が・・・。

「もう、重いってば!」

 駄目だ駄目だ、彼女にそういう趣味があったとしてもこれは僕の沽券にかかわる問題だ。否定は大事。

 押しのけられた俊くんは行き場なさげにそこに仰向けに倒れた。

「勉強だよ!」

 持っていたノートを俊くんの視界にいれると、泣きそうにそっぽをむいた。

 どれだけ嫌いなんだろ・・・。




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