夏_普通【6】
「春太と仲が良かったわけじゃなかったのか」
沈黙が教室に広がる。俺の声の余韻を残したかったわけじゃない。
名前がわからないからか声をかけにくいし、かけたとしても相手の反応を得ることができない。せめて自己紹介させてから春太には姿を消してほしかった。というか俺ら二人を置いてどこに行ったんだ。
「・・・私に言ってる?」
「ああ」
この空間に話し相手は自分しかいないと思ったのか、やっとのことで反応を返してくれた。
相手も戸惑っているだろうとは思う。今日初めて会うような相手にいきなり話しかけられるなんて。同情する。
「私は、元々さっきあいつが話してた・・・さくらちゃんのことを追っかけてただけで」
「そういうことか」
「何その納得の仕方」
思い出した。”僕がこの間一瞬だけ話した子のファン”。そういえばこの女子に対して春太はそんな感じで俺に説明していた。その話した子って言うのが春太の悩みの種だったのか。
その時点で一瞬だけではないと思うが、春太なりにいじられたくなかったのかもしれないと思うと、しょうがないようにも思えた。
「協力、するの」
次に話を切り出したのは、彼女だった。
答えは決まっていた。春太が俺に相談をしてくれることは滅多にないし、お願いをしてくるなんて稀だった。そんなお願いを俺は断る理由がなかった。
「する」
俺がそう答えると、相手は立ち上がり、俺の座る座席の目の前に来た。何が始まるのだろうかと怯えながら言葉を待つと、予想外の言葉が出た。
「C組の倉坂彩子。これからよろしく」
「え?」
「だって協力するんでしょ?」
差し出された右手に驚くことしかできなかった。
俺は決めた。春太になら何でもやってやれると、そう思ったからだ。でも倉坂は?親しくしていたであろう友達の事実を知って、これ以上関わろうと思えるのか。
「怖くないのか」
自分に重ねてしまったのかもしれない。もし、春太のそんな瞬間を見てしまったら。不安で近づけなくなるかもしれない。そのぐらいに弱いことを自分で理解しているからこそ余計に。
「怖くないって言ったら嘘になるけど。でもさくらちゃんは私の大事な希望だから。ずっと一緒にいれるかもしれないって希望があるなら、そこにかけるしかない」
俺から視線を逸らさずにそう言った倉坂に、今日初めて会ったながらも尊敬した。こんな奴といたら、春太は気が強くなりそうだなとも思った。
「強いんだな」
「目的があれば人間って強くなれるものよ」
そうなんだな、となんだか初対面の相手とこうも真剣に会話していることが面白くなって、笑いがこぼれた。
そんな俺を倉坂がやばい人間を見る目つきで見ていた時、教室の扉が開いた。
「・・・なんか仲よさそうだね」
春太が驚いた表情でゆっくりと歩いてきた。何かを持っていて手が塞がっているようで、扉を閉めるだけに時間がかかっていた。
机の上に置かれたものを見ると、ここから1階下りたところにある自販機に売られている紙パックのジュースだった。
「なにこれ」
倉坂が春太に尋ねると、さも当然のような表情で「差し入れ」と答えた。
「差し入れって」
的外れすぎる春太の行動に笑うしかなかった。ちょっとずれてて、でも本人は至って真面目で、そんなところが春太が周りに慕われる所以なのだと思う。
「選んで」と言われたのでコーヒー牛乳を手に取りながら「協力するよ」と告げると、ばっと顔を上げた春太が微笑んだ。結局わかっていたんじゃないかとも思う。俺が協力するってことを。
倉坂はいちご牛乳をとりながら「当然でしょ」と言った。春太にはしっかり伝わったらしい。また微笑んだ。
誰かとこういう関係になったことはなかった。
体育祭とか文化祭とか、行事ごとでクラスで頑張ろうってのは今までに何回もあった。けど、誰かのために頑張ろうとか、ひとりのためにってのはなかった。会ったこともない人間の為なんて尚更。
春太はずっと遠慮してた。多分俺が部活をやったりほかの人間と話したりで忙しいと思ったからなのだろう。ただそれは見当違いで、春太の為なら他の人間のことなんて後回しにできるってことを伝えられれば良かった。面と向かってそんなこと言えないけど、今回のこの件を機にもっと頼ってくれればいいと思った。
春太の手に取ったヨーグルトに自分の紙パックを当てる。
『一緒に頑張ろうな』
照れくさくて言えない言葉を込めて。
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