夏_普通【5】
「最近お前あの女子と仲いいよな」と俊くんに小突かれたときには、僕は俊くんに話そうとしていたことを忘れていた。
ハッとして俊くんを見上げると、なんだか寂しそうな顔をしていて戸惑った。「俊くんには友達がいっぱいいるんだから、僕がいなくたって変わらないだろ」と笑い飛ばすことができなかった。
だから僕は、倉坂さんに説明するとき、俊くんにも聞いてもらおうと思った。
これはもう僕だけの問題ではなくなってしまった。
二人を呼び出したのは、放課後の僕と俊くんのいるクラスだった。正確には、倉坂さんを呼んでいたところに俊くんにも残ってもらった。
「誰?」
対人コミュニケーションに自信のない倉坂さんは僕のシャツを引っ張ってクラスの端につれていった。僕が説明していなかったのが悪いのだけど。
「僕の幼馴染なんだけど、そろそろ話さないとなって。この話はここにいる三人の中だけで留めておくんだ。協力者は多いほうがいいけれど、信用できないといけないから」
「・・・あたしはいいの?」
僕の”信用できないといけない”という言葉が引っ掛かったのか、不安そうに確認をする倉坂さん。
「信用できるでしょ。君はさくらさんのこと大好きだから」
「そ、それはそうだけど・・・」
腑に落ちない様子で、図星をつかれたように赤面する倉坂さん。彼女のわかりやす過ぎるところが彼女のプラスにだけなってくれればいいのだけれど。
倉坂さんが渋々適当な席についたところで話し始める。
「僕とさくらさんが初めて会ったのは、彼女が屋上から飛び降りようとしているときだった」
あの時の僕だったら予想もしなかった。平気な顔でこんな話をするようになることを。
倉坂さんは硬直して、顔色は今まで以上に青くなり今にも倒れそうだった。そりゃそうだ。自分の大切に思っている人が命を絶とうとしていたなんて、そんなの辛すぎる。
言わなければよかっただろうか。知らなくても彼女はさくらさんから離れないだろうし、知らないほうが今までのように接することができたかもしれない。
もしこれで彼女がさくらさんと関わるのを恐れてしまったら。僕が一番怖いのはそのことだった。
俯いていてもわかった。倉坂さんは涙を落とした。
「ごめんね」
彼女の悲しみが増すにつれて僕の中で罪悪感が膨らむ。
「なんで謝るのよ・・・あんたは悪くないでしょ、」
「それでも、君を悲しませてしまったから」
倉坂さんは黙って涙を拭いた。目を傷めてしまいそうなほどに、強く。
今まで言葉を発さない俊くんに違和感を覚えて視線を向けると、何か思いを馳せるように校庭を見ていた。
そういえば。
「ごめんね俊くん。行きたかったら行って大丈夫だよ」
「・・・そういうことじゃ、ない」
部活を遅刻させてしまっているだけに、別な罪悪感が沸き上がってしまっている僕を、とぎれとぎれの答えが安心させてくれた。
「最近お前が悩んでたのはそのことか」
「うん」
「そっか・・・」
がしがしと頭を掻いて苛立たし気にする俊くん。僕は何かいけないことをしてしまったのだろうかと焦る。今までこんな俊くんを見たことがなかった。
「ごめん」
さっきから僕謝ってばっかだな、と振り返る。
「お前じゃなくて・・・気づけなかった自分にいらつくっつーか、」
「僕言わなかったからね・・・」
「でも、なんかしてやれたんじゃねーかって」
本気の目で僕を見て悔しさを伝えてくる俊くんに、どうして今まで何も言わなかったんだろうと後悔が込み上げる。巻き込んでしまうかもしれなくても、相談するべきだった。そうすれば、今こうして俊くんが辛そうにする姿を見ずに済んだのかもしれないのに。
今更後悔したって何も元通りにはならないことは知っている。だから今やるべきことは。
「僕は今、さくらさんに生きてもらいたくて、学校生活を楽しんでもらいたくて、その為に色々考えてて・・・協力、してもらえないかな?」
これで拒否されても悔いはない。伝えられただけでもいい。自己満足でしかないけれど、僕が誰かに協力を求めることなんてこれ以降ないかもしれないから。僕の力じゃ、そんな友達関係を作ることはできないから。
二人が何も話さずに時間が経つ。
こればかりは僕が邪魔をしてはいけないと思い、教室を出る。
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