夏_普通【4】
倉坂さんが決心して屋上に足を踏み入れて5分が経つ。かっこよく始まったけどそろそろ時間が危ないかもしれない。
誤算だった、というか考えるべきだった。ファンが本人を目の前にしてどうなってしまうのかということを。そりゃあそうなるか。
僕は思い出した。過去に俊くんへの呼び出しに付き合わされた時、結局相手が何も話せずに30分経ってしまったことを。あれは俊くんも問題だった。何かフォローすればよかったのに、ただ無言で突っ立っていた。そんな恐怖の時間が再び繰り返されようとしている・・・。
「・・・何?」
倉坂さんにタオルを投げそうになった時、救いの手が差し伸べられた。
俊くんと違って、さくらさんは相手を思いやれるいい人だった。
もしここから後5分経って話し出せなかったら、今度は僕が助け舟を出すしかない。というかこれは僕の勝手な押し付けなのでむしろ僕が積極的に助けに行かなくてはいけないのだけれど。
「あの!C組の・・・倉坂彩子です!」
「それは、知ってるけど」
「光栄です・・・」
自分が知られていたというだけで感動が止まらないらしい倉坂さんはまたもや硬直状態に戻ってしまった。
さくらさんのことだから、関わらなかったとしてもある程度クラスメイトは把握しているだろうなとは思っていた。だから余計に倉坂さんには一歩踏み出してほしかった。自分の気持ちは相手にとって迷惑なものではないと知ってほしかった。
「ずっと、見てます。というか見てました!畠山さんのこと・・・」
緊張からか名前呼びではなくなっている。裏でだけ呼んでいたんだろうなきっと。
「ファンなんです!畠山さんの!」
「え・・・」
そうきたか倉坂さん。友達になってくださいじゃないんだね。まぁ友達って頼んでなるものではないのかもしれないけど。
いきなりのファン宣言に硬直するさくらさんと、言ってしまった・・・と顔を赤くしたり青くしたり忙しい倉坂さん。なんだろう、ここから話が進む気がしない。
「僕以外にも、さくらさんを必要としてる人がいるって知ってほしかったんだ」
言い訳なのだろうか。そう聞こえてもしょうがない。
「ありがと」
「え?」
急な感謝の言葉に戸惑った。
「ハルなりに考えてくれたんだよね。わかってる、わかってるよ」
僕の考えを自分なりに解釈して理解しようとしてくれることに感動した。勝手な押し付けを受け入れてくれた。僕が彼女のためにしたことだと、彼女の工程によってやっと認められた気がした。
それは今の僕にとっては何よりも安心できるものだった。
「あやね・・・だよね」
「はい!」
「敬語じゃなくていいから、クラスメイトだし。よろしくね」
今にも倒れそうだった倉坂さんは、さくらさんに微笑まれたことで失神しそうなほどだったけれど、憧れの人の目の前で醜態をさらしてはいけないと思ったのか、頑張って落ち着きを取り戻そうとしていた。
その様子をみたさくらさんは笑っていて、僕も嬉しくなった。
もしかすると、僕は責任転嫁をしてしまったのかもしれないと不安になった。
自分だけが背負ってきたさくらさんの人生を倉坂さんにも背負わせて、少し楽になろうとしていたのかもしれない。だとしたら最低だ。
二人の笑顔を見て、また一つ罪悪感に頭を打たれた。
「さくらちゃんは好きな食べ物は?」
あれから倉坂さんも昼休みは屋上に来るようになった。僕が仕組んだことながら、なかなかに愛が強すぎて見てるこっちが恥ずかしくなる。
こんなにぐいぐいいけるのであれば、背中を押す必要は全くなかったのでは・・・と思わないでもない。
「好き・・・ラーメン」
「中々に男らしい答えだね・・・じゃあ嫌いなのは?」
「甘いものかな」
益々男らしいな、と二人の会話に心の中でツッコミを入れつつ、少し離れたところでその様子を見つめる。
僕とじゃこんなに高校生らしい会話、というか、普通な話はできていなかったと思うから、倉坂さんの登場はありがたいことだ。
「じゃあ明日から私お弁当作ってくる!パンとか買ってこなくていいからね!」
さくらさんの購買のパン生活に驚いたらしい倉坂さんなりの提案なのだろう。というよりも友達という存在とのご飯が憧れなのかもしれない。見た目によらず、倉坂さんは内気だ。主に女子に対して。
「あんたもだからね!」
「あ、うん!」
こちらに向かって叫んでいる倉坂さんに気づく。
僕は自分で作っているので購買ではないけど・・・倉坂さんなりに気を使ってくれたのかもしれない。
次の計画説明の時は倉坂さんもいるのだろう。そのことも考えて用意しないといけない。ここまできたら俊くんも誘うべきだろうか。
色々考えながら教室に向かっていると柱にぶつかった。考え事は、二つのことを同時にできない僕には向かない。
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