夏_普通【1】
僕はいつにもなくぼーっとしていたのだと思う。
畠山さんに肩を叩かれても、平手打ちでさえも何事もなかったと錯覚してしまうぐらいに。
「あ、ごめん」
「体調悪いの?」
眉を顰めて僕の顔を覗き込む畠山さんの一通りの流れを目で追いつつ、また僕は違う世界へと意識を飛ばそうとしていた。これ以上はだめだ。真剣に心配してくれてる彼女に失礼すぎる。
自分の中の悩み事で気持ちが浮ついています、なんて口が裂けても言えない。
とは言っても、それは彼女にも関係していることだ。
『ありがとうって言いたかったの』
倉坂さんの言葉が僕の頭の中で反芻される。
嬉しかったんだ。彼女のそばに僕がいることがいいことだと言ってもらえているようで。自分の存在が認められたような気がして。
そのまま倉坂さんとは別れてしまったけど、結局のところ彼女は畠山さんに何か言いたかったわけじゃないんだろうか。
倉坂さんの思いを聞いていて、彼女には畠山さんと友達になってほしいと思った僕だけど、実際どうすれば二人が出会えるのかがわからない。まず関係性がわからない。
そういえば畠山さんが何組か知らないぞ僕。
「・・・」
見た目から当ててみようと畠山さんを観察していると、気でも狂ったかと言いたげな視線を送られた。そして僕はまんまと負けた。
「畠山さんって・・・何組、」
「Cだけど」
「え」
「なに」
「いやなんでも・・・」
動揺を悟られないように少し距離をとって、どうしても言葉にしなきゃいけないツッコミを聞こえないように呟く。
「同じクラスじゃないか倉坂さん・・・」
少し関わった僕にすら教室に張り付くぐらいの恨みを持つのに、畠山さんと隣の席になった人は、次の日に姿を消してるんじゃないか・・・?というかこれだけ好きでちゃんと学校生活できているのだろうか。
「そういうハルはAだよね」
「知ってたの!?」
冷静に頷く畠山さんに、そんなことも知らなかった自分が情けない。
「プリントに書いてあったからね」
「あ、そーだね」
感動を返してほしい・・・。いや、あの時のことをいまだに覚えていてもらったことに感謝すべきか。というか何故僕は下手からなのか。
「で、ハル。何かあったの?」
お見通し。だからと言って正直に話してしまうことはできないのだけど。僕の独断じゃこれ以上は進むことができない。
「次の予定の計画をね・・・」
「ふーん」
倉坂さん、僕に隠し事は向いてないようだよ。
屋上の柵にもたれかかった彼女は、俯き加減で息を吐いた。
「・・・」
今でも僕は柵に彼女が近づくことが怖い。彼女のことを信じ切れていない僕が悪いのだろうか。信じることができれば、彼女が僕のそばにいなくても、明日の彼女を想像できるようになるのだろうか。
「正直、ハルが真面目に色々考えてくれてて驚いてるよ」
畠山さんは今何を考えているんだろうか。
「僕が言い出したことだよ」
「それでも・・・嫌でしょ、普通。いつ死ぬかわからないやつのそばにいるの」
「嫌じゃないよ。僕は単純に、畠山さんが喜んでくれるのが嬉しいんだ」
僕の言葉は、彼女には何も響いてないんだろうな。僕の気持ちは、彼女に届く前に、空虚な空に消えていく。そんな余韻を感じるのが余計に寂しい。
「ここでの時間が、私の学校生活の全部なんじゃないかな・・・」
柵にもたれかかって俯いたまま、消えそうな声でそう言った畠山さん。単純な僕は喜びそうになるけれど、それは何も解決できていないということだ。
僕がいなかったら畠山さんは学校に来ないかもしれない。教室で笑っている彼女がいて、僕の隣で笑ってくれる彼女がいて。それが一番いいはずなのに。
「友達とか・・・教室に、いないの」
「いないね」
いけないことを聞いてしまったのではないだろうか。彼女の気分を害してしまってはいないかハラハラする。でもこの問題から逃げてはいけない。もし彼女が生きることを選んでくれた時、彼女の隣にいるべきは僕ではないのだから。
お互いに一時の休憩を言い渡すようにチャイムが鳴った。
「じゃあ明日」
「うん」
明日、という二文字に希望を感じながらも、彼女の背中を見ていることしかできない自分に、嫌気がさした。
太陽を見つめる。あなたのように、彼女を照らすことができればいいのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます