夏_出会い【4】


 水族館の中を一通り見終え、釣りを楽しんだ僕らは、水族館の中にある喫茶店に入った。

 ここでは、水族館内の生き物に見立てた料理やドリンクを提供しているらしい。

「これにしようかな」

 そう言って畠山さんが指したのは、カレイを模したカレー。これは駄洒落と受け取っていいのだろうか。畠山さんは、特にそんなことには気づいていないとでも言うようにそのまま”カレイカレー”を頼んだ。僕は無難にサンゴパスタを頼む。

 見た目的にはそのものを食べているようでいたたまれなかったけど、自分で釣った魚がそのまま焼き魚として出てきた時のなんとも言えぬ罪悪感よりはマシだろうとも思った。

 そんな僕を傍目に畠山さんは目をキラキラさせて食べることを楽しんでいた。

 神様は僕の精神力を削って多めに彼女に渡してしまった気がする。



「あー・・・楽しかった」

 水族館を出てバス停に向かう間、彼女は記憶を引っ張り出してもう一度脳内で楽しむようにそう呟いた。そんな不意であろう言葉が僕の胸を弾ませる。

「よかった」

「ありがとね」

「ううん」

 一歩先を歩いていた彼女がわざわざ振り返って僕に感謝を伝えてくれた。思わず頬が緩む。

「これあげる」

 そう言って彼女が僕の前に見せたのは、彼女が一番興奮していた亀のキーホルダーだった。「これハルに似てる」と言われたのは複雑だったけど。

 そして思い出した。鞄から彼女に渡そうと思っていたものを取り出す。

「これ・・・」

 一番喜んでいたくらいだから好きなのだろうと思い、彼女に亀のキーホルダーを買っていたのだ。

 女子だからと僕はピンク色の甲羅の亀を選び、彼女は青いバージョンのものを選んでいた。色違いだったのが奇跡だと思うしかないか・・・。

「考えてること同じか」

 被ったことが余程面白かったのか、行きのバス並みのツボり方をしている彼女。

「じゃあ、はい」

「ありがと」

「いいえ、こちらこそありがとう」

 他人行儀に深く礼をしながらキーホルダーをトレードする。

 思い出のものを作ることで彼女がここからいなくなりにくくする、なんて僕の汚れた考えは、彼女には枷でしかないのだろうな。

 リュックにキーホルダーをつけていると、キーホルダーを指でつまみ夕日に照らしていた畠山さんが振り向いた。

「初めてだな、こんなのもらうの」

 それは友達からだろうか。家族だろうか。

 踏み入ったことは聞けずに、聞こえなかったふりをして後ろをついていく。

 ずるいな、僕は。知りたいくせに、踏み込めない。勇気を出すことで拒絶されることが怖いからだ。

 落ちていく夕日が僕に時間がないことを思い知らせるようだった。




 休み明け、教室に向かう僕を俊くんが呼び止めた。

「春太!」

「どうしたの?」

 その表情はとても必死そうでなんだか嫌な予感がして、むしろ俊くんから逃げてやろうかと思うほどだった。

「来てるぞ!」

 迫真の表情でそう言う俊くんに、僕は何かに追われているんじゃないかと錯覚しそうになった。いや、落ち着け。何も問題は起こしていないはずだ。

「何が?」

 冷静になってそう聞き返すと「この前のあの女子だよ!」と、食い気味に返事が返ってきた。

 この前の女子。その言葉を聞いて脳裏に浮かんだのはたった一人。

「畠山さんのファンか・・・」

 急いで僕を引っ張ろうとする俊くんを逆の力でどうにか逃げようと踏ん張ったものの、体育会系の彼に文化系の僕が敵うはずもなく、いとも簡単に教室まで引きずられてしまった。

 怯えながらも前回同様扉に張り付く彼女に目を移す。

 あれは彼女の臨戦態勢か何かなのだろうか。”可笑しな人”というレッテルを貼られてまでその恰好をすることに意味はあるのだろうか。

 いや、そんなことを考えている暇はない。とりあえずは目の前の問題を何とかせねば。

「も、もしかしてっ・・・僕に用だったり」

「じゃなかったら何のために来たの」

「ですよねー」

 反論できず、笑うしかなかった。

「ここじゃ無理だから、後から、あの、昼休み・・・靴箱あたりに、来て」

「わ・・・わかった」

 とりあえず頷く。頷いたけれど、名前も知らない人に呼び出されたという事実を、僕は頭で理解できていなかった。

 それと共にわかったこと。彼女はこういうことになれていない。多分、普段は大人しい人なのだと思う。人を呼び出したりなんてしないような。そんな人が動くべき時。それは一体いつなのだろう。

 やっぱり憧れの人への気持ちが彼女を動かしているのかも。

 「ついにモテ期か!」なんて騒ぐ俊くんを置き去りにして自分の席に着き、彼女の勘に触れてしまったであろう僕の行動を思い返すことにした。





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