夏_出会い【3】

「・・・時間通りだね」

「ハルはいつからいたの」


 水族館へ出かけることを第1の計画とした僕らは、水族館最寄りの駅に10時に集まることにした。

 10分前行動で生きてきた人間なので、丁度いい時間に着くように家を出た。駅前の時計を見るとぴったり10分前で、畠山さんはまだ到着していないようだったので今日の予定を確認しようとリュックからファイルを取り出していたその時。

「真面目だね、ハル」

 時計で5分前になったころだった。

 畠山さんは少しオーバーして来るようなマイペースな人だと思っていたので驚いて動きが止まった。

 そして冒頭に戻る。

「いや、さっき来たばっかりだけど・・・」

 あまり人を見た目で判断するものじゃないな、と反省する。

 私服には、制服とはまた違った一面が出ると思う。なんてことを考えつつ、まじまじと見ることはできないので、僕の視線は彼女を通り越して、後ろをゆっくり歩いているおじいちゃんに注がれている。なんだか足元がおぼつかない。

「始めて来た、ここ」

「実は僕もあんまり来たことない」

 彼女に集合場所としてモニュメントを指定したけれど、なんとこの駅には3か所ほどそれぞれ離れたところに存在していて、僕らが集合できたことはむしろ奇跡だ。

「じゃあ行こうか」

 たどたどしいながらも彼女を案内する。畠山さんはそんな僕を不安げに見ながらゆっくりとついてきた。


「私バス乗ったことないかも」

「そ、それはすごいね」

 他愛無い会話をしながらバスを待つ。この付近のバスは大体30分おきに来る。

 それは確認していなかったので、10時に集合した時には丁度前のバスが出発するところだった。

 僕のそばにはさっき僕が視線を集中していたおじいちゃん。

「水族館は・・・一回くらいは行ったことあるかな」

「今日行くところ?」

「いや、前住んでた家から近かったとこ」

 畠山さんは、何でもないかのように思い出話をしてくれる。誰があんたなんかに、なんてことを言わない。そう言われると思っている僕はやっぱりマイナス思考なのだと思う。

「前はどこに住んでたの?」

「んー、こっから車で5時間くらい」

「けっこう遠いね」

 畠山さんの家はいわゆる転勤族、だったらしい。でも、高校生になったことをきっかけに、お父さんが単身赴任で行くようになったらしい。

 思春期女子にしては珍しく、彼女はお父さんのことが好きらしい。その話をしているときの彼女はなんだか嬉しそうだった。

「あ、来たね」

 僕たちが乗る水族館行のバスが駅のロータリーに入ってきたのを確認して、バス停のベンチから立ち上がる。

 僕たちの前に乗っていったおじいちゃんの姿を見送っていると、ベンチに忘れ物をしていることに気づいた。

「お、じゃなくて、すいません!」

 おじいちゃんと呼びそうになってハッとする。

 僕のおじいちゃんではない・・・。

「待ってくださーい!」

 耳が遠いのか止まることを知らないおじいちゃんは、バスに乗り込んでいってしまった。

 急いでバスに乗り、おじいちゃんの肩を叩く。

「ん?」

「こ、これ・・・忘れ物です」

 巾着のようなものを渡す。

「ああ、ありがとう」

「いえいえ!」

 ホッとして振り返ると、僕について乗ってきた畠山さんが笑いをこらえていた。

「え、なに!?」

「あ・・・焦りすぎ・・・」

 涙が出るほど僕の挙動はおかしかったらしい。必死な時ほど人間は周りが見えなくなるし、自分のことも見えなくなる。これぞ無我夢中。

 おなかを抱える畠山さんの腕をつかんで、空いてる座席に座らせた。

 いつ笑いが止まるかな・・・。



 畠山さんは思ったよりも水族館を気に入ってくれているようだった。

 「へぇー」とか「ほー」とか。何かを研究しているのかと勘違いするほどに相槌が研究者のそれだった。

 水族館に行こうと誘ったときは僕に対して色々失礼なことを言ってたと思うけど。

「ハルが水族館好きな理由、わかった気がする」

「いや、誰も好きとは言ってないんだけどね」

 そう。忘れないでほしいのは、誘ったときから今まで彼女に水族館を好きだなんて言っていないことだ。確かに水族館の良いところは言ったけど。

「じゃあ嫌い?」

 不安そうな表情の畠山さん。

 僕が水族館を嫌いだと解釈したのだろうか。自分のために無理に来ていると。

「いや、そうじゃなくて。のめりこんでるわけじゃないけど嫌いじゃないよ。

静かな場所は好きだし。ただ、畠山さん好きかなって・・・こういう場所」

 そう言うと、畠山さんは不思議そうな表情で壁に貼ってあるチラシを触った。

「確かに好きだったけど。意外にも鋭いね、ハル。ねぇこれ行きたい」

 ぐさりと刺さるセリフを何でもないように吐いて、畠山さんの興味は別のところへと移動した。

 予想外すぎる通り魔に僕のメンタルは持ちそうにない。

「釣り堀?」

「釣って食べれるって」

「え。」

「嫌?」

 畠山さんの表情が曇り、慌てて訂正する。

「そうじゃなくて!いや・・・何でもない。行こうか」

「うん」

 僕が驚いたのは、水族館で魚を愛でながらも釣って食べようというその切り替えの速さというか精神力。というかどうして水族館でそんな暴挙に出た運営側!と僕の頭の中では会議が行われている。

 畠山さんはいかにも楽しみといった様子で、案内に沿って歩き出す。

 真似できないなぁとふいに笑みがこぼれる。

 楽しんでもらえていることが、僕にとっては大きな収穫だった。

 僕のしたことで畠山さんが自分の人生をまた拾いなおしてくれればいいのにな、と楽しい反面辛くもあった。



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