夏_出会い【2】
「やっぱお前だ」
戻ってきた俊くんは少しほっとしているようだった。いやいや、未だに睨みきかせてますけど。そこで俺の仕事は終わった感出されても!なんて言えるわけもなく。
「行ってくる」
しぶしぶ立ち上がる僕に「おう」と片手で返事をした俊くんは友達との会話に戻って行った。すぐそばの机に座っていた他クラスの女子が頬を染める。
無自覚天然女子キラーめ・・・。
そばに近づくと、彼女は扉に寄り掛かるのをやめ、僕を教室の外に来るよう促した。
「僕たち、会ったことありましたか?」
「・・・」
やっぱり僕は気づかないうちに何かをしでかしたのかもしれない。
彼女の顔色をチラと伺う。やっぱり、覚えてないな・・・。
「そりゃあ2年も同じ学年やってれば一回くらいは会ってるでしょうけど」
「あ、そうだね」
彼女の的確な返しにおどおどと反応する。きっぱりと物事を言う人は苦手だな。僕がはきはきとしゃべれないから余計なのかもしれない。
「・・・桜」
彼女が耳を赤くして発したのは、最近知り合った不思議な子の名前。偶然だろうか。でも今は夏で桜はもう散ったし、聞き間違いでなければあの子ことだろうと思う。
「は、畠山さんのこと?」
びくびくしつつ、彼女であるかどうかの確認をとる。
耳が赤いのは・・・照れているのだろうか。畠山さんのことで?
「そう!桜ちゃんのことであんたに話があんの!」
「は、はい!」
勢いのある彼女に押されつつ、話が畠山さんのことであるということを確認することができた。
彼女は大きな声を出してすぐ、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
どういう感情なんだろうか、これは。
畠山さんを「桜ちゃん」と呼ぶのだから、二人は友人関係にあるのかもしれない。だとしたら彼女の悩みとか知っているのだろうか。
友達のいるところを見ると、あそこからいなくなろうとしていた彼女の原因は学校ではないのかもしれないな、と勝手な推測をする。
「あんた、桜ちゃんとどんな関係よ」
「関係?」
「こ、恋人とか・・・そういう関係性よ!」
その問いには頭を悩ませた。どんな関係かといわれると、まだ始まったばかりの関係に名前を付けるのは難しい。
人生を握る相手、握られた相手・・・とか。友人と言っていいのかはわからない。
「少なくとも恋人ではないよ」
苦笑いをしながら、彼女の予想であったのかもしれない関係性を否定する。
彼女はきっと畠山さんのことが好きで、僕を邪魔に思ったのかもしれない。俊くんのファンからの嫉妬はあながち的外れではなかったらしい。
「そ、それならいい・・・じゃなくて!あたしが先に桜ちゃんを見つけたんだからね!?あんたが一番じゃないんだから!」
赤面に赤面した彼女はそう言い捨ててそそくさと走って行ってしまった。
「えー」
呼び出された意図を最後まで知ることができず、不完全燃焼状態で教室に戻った。
僕の席の前では俊くんが待機していて、大方の事情を話した。
『僕がこの間一瞬だけ話した子のファンだと思うよ』と。
この解釈で間違えてはいないだろう。あの様子だと、畠山さんとはあまり話していないようだし、そうすると悩みも知らないのだろうから。
俊くんは「ふーん」と、不完全燃焼中の僕のような返事をした。僕の濁し方に違和感を感じたのかもしれない。
でも一体彼女はいつ僕と畠山さんが会話している現場を見たのだろう。
場所は屋上に限られているし、そこから出るときは少し時間をずらしているから周りには見られていないと思うけど。
見られたとすれば屋上か。
・・・彼女は畠山さんのストーカー的なものなのかもな。と、軽く考えてみる。俊くんほどのものじゃないだろうから大丈夫かな。どうせだったら女の子同士なのだから友達になればいいのに。さっきの照れようを見ると難しいのかもしれない。
きっと二人は相性がいいだろうと思ってしまうのは僕がお節介やきだからなのだろうか。そうだとしたら反省しなければ。人の関係を無暗に変えようとしてはいけない。その関係が心地いいからそこにいる人も存在するわけだから。
屋上に行くと、もうずっと続いているように、彼女は変わらずそこにいた。
言うべきだろうか。君を必要としている人がいることを。
「・・・ル、ハル?」
「ん。え?」
また上の空状態で、ひとりの世界に入っていた。
畠山さんは特に機嫌を悪くしたわけではなく、むしろ僕のことを心配しているようにも見えた。
「大丈夫?」
こんなにも優しい彼女が、何故あんなことをしようとしたのか。僕には理由が思いつかないし、聞いても教えてはくれないんだろう。
とりあえず自分の役割を果たさねば、と鞄の中からクリアファイルを取り出す。その中にはこれからの予定が書き連ねてある紙が数枚入っている。字の汚さに気づかれたくなくて、彼女から少し離れたところでそれを取り出す。
今日話す予定だったのはその中の一枚。
「えっと・・・お金がかかるのは大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ、うん。バイトしてるし、使い道もないから困ってた。逆に使ってくれたほうが」
「そ、そっか。わかった!」
なぜだか僕まで彼女のバイト代を使うような流れになっているので話を止める。
僕は僕でそれなりの貯金はあるから問題ないのだ。ただ、二人分をまかなうのは厳しいかもしれないというだけで。
彼女に提案する予定第一弾。
「水族館に行きませんか!」
「・・・」
視線が痛い。
「いや別に否定はしないけど。ハルって魚見て興奮するタイプ?」
「興奮って言うか・・・あの静かな雰囲気は好きだけど、」
「・・・根暗?」
「むしろ明るいと思われてたの僕」
謎すぎる会話を続けているとチャイムがなってしまった。
僕が暗いか暗くないかの会話で終わるなんて不毛すぎる。
取り出した紙を戻していると、屋上を出る間際彼女が振り向いた。
「それっていつの予定」
紙を一瞥する。
「土曜日」
「わかった」
今日は水曜日だ。とりあえずまだプレゼンする時間はある。
照り付けすぎる太陽から逃げるように屋上の扉を閉めた。
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